いま、中国は息を潜めてクリミア半島の成り行きを見守っているだろう。ロシアがウクライナで挑戦しているのは、まさに中国がこれから東シナ海で実践してみようと思っているに違いない「力による現状変更」の試みである。
ロシアと中国は他国と争いがある地域で主権と領土・領海を少しずつ侵食しながら、米国や国際社会がどう反応するか、試してきたのだ。今回のクリミア危機はその延長線上にある。
岩場程度のわずかな賞金を得てきたにすぎない中国から見れば、今回のクリミア半島は「途方もないご褒美」と映ったにちがいない。
さらに深刻な問題もある。1930年代と異なって、いまロシアと中国はともに国連安全保障理事会で拒否権を持つ常任理事国である。本来なら戦後世界の秩序と道義を先頭に立って守らなければならない立場の大国が、よりにもよって秩序を乱す張本人になりつつあるのだ。
だから安保理決議が介入の前提になる国連は今回、機能しない。恐ろしいことに、同じことは中国が尖閣諸島に武力侵攻した場合にも言える。国連は機能しないのだ。
いま私たちが目にしているのは、こういう事態である。これは「新たな冷戦の始まり」であり、戦後世界の最大の危機かもしれない。
遠く離れたクリミア半島で起きている事態は日本人にとって、ともすれば「対岸の火事」に見えるだろう。だが、ロシアの成功体験が中国に伝染しない保証はどこにもない。いやむしろ、私は「必ず伝染する」とみる。
そう考えれば、クリミア問題はロシア専門家が言うような「北方領土問題に悪影響」とか言うようなレベルの話ではない。これは尖閣諸島問題に直結する、日本の安全保障問題そのものである。クリミアの危機は日本人にとって、まさに「いまそこにある危機」なのだ。
(文中敬称略)
文■長谷川幸洋:東京新聞・中日新聞論説副主幹。1953年生まれ。ジョンズ・ホプキンス大学大学院卒。政府の規制改革会議委員。近著に『2020年新聞は生き残れるか』(講談社)。
※週刊ポスト2014年3月28日号