【書評】『老後に乾杯! ズッコケ夫婦の奮闘努力』/半藤末利子著/PHP文庫/650円
【評者】嵐山光三郎(作家)
え? こんなことを書いていいんだろうか、とヒヤリとする。怖いもの知らずで感じたことをズケズケと書き、納得させる力は、筆者が漱石の血をひいているからでしょうね。日々日常のデキゴトを観察して、遠慮なく書いて、グサッと胸にささるが、その重心の低い目線は品格がある。
近所づきあいをする仲のいい女性からのお返しにガッカリして、俳人式典での長い祝辞に閉口し、到来物のカニにうんざりする。批判するのではなく、好意を受け入れつつも、これだけは言っておきたいという感情を書きこむ。
末利子さんの夫の半藤一利氏はコワモテの親分肌で、ドラ声で、虎のごとき体力があり、にらまれたらみんな震えあがりますよ。大酒飲みで、玄関で転んで骨折する腕白ジイさんである。そんな夫を補導矯正していく「老後」事件簿が具体的に示されている。
はなばなしい夫婦喧嘩をへて夫が「もう先が短いんだから喧嘩は止めよう」と休戦協定を申しこんできた。こんなに痛快な夫婦ゴシップ録はなく、半藤家における「裏昭和史」である。
なかでも泣かせるのは野良猫チャリンとチャリンが産んだ仔猫ポコの話で、漱石の「まだ名はない猫」、内田百ケン(ケンは門構えに月)とともに、読者をうならせる猫三大傑作といったら過言になるか。
ある日左耳に傷がある野良猫が半藤家にやってきて、夫が「こいつ福猫かもしれねえから、漱石先生を真似て飼ってやるか」となった。野良猫なのに首に鈴をつけられてチャリンチャリンと音がするのでチャリンと名づけた。半野良のチャリンは仔猫を産み、その一匹がポコであった。チャリンは避妊手術をすると、性格が変わっておとなしくなった。
それから「ポコ、さようなら」の涙ボロボロ話となり、「猫の法事」をするところがユニークだ。はたして法事に集まってくる人はだれか、式典はどのように行われたか、はどうぞ本書をお読みになって下さい。ユーモアがあってぴしりと辛い末利子節が絶好調です。
※週刊ポスト2014年3月28日号