生命保険の営業テクニックを行動経済学の視点からみると、売り手は「感情に流されやすい」という人間の弱みを突いていることが分かる。『生命保険の嘘』(小学館刊。後田亨氏との共著)を上梓したオフィス・リベルタス代表の大江英樹氏が解説する。
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行動経済学には、エコンとヒューマンという考え方があります。どちらも同じ「人間」を表わす用語です。これは2種類の人間がこの世に存在するという意味ではありません。概念的に人間を定義しているものです。
「エコン」は純粋に自分の利益だけを考えて、合理的に判断し、冷徹に行動する人です。一般の経済学では人間は全て「エコン」だと考えます。彼らには“優秀な営業担当者”の手練手管は一切通用しません。
営業担当者:「私の父もがんになったのですが、保険に入っていたおかげで救われました。だから……」
エコン客:「誰もあなたのお父さんのことは聞いていません。それよりもがんになった場合に必要とされる費用の平均を、私の年齢及び今後の加齢に伴うがん発症確率分布グラフ上にプロットしてください。次に、支払うがん保険の保険料を段階的にプロットして、さきほどの曲線と交差する以下の水準であれば、加入を検討してみます」
これではいかに凄腕の営業担当者でも加入させるのは無理です。保険は確率計算を根拠にした商品ですから、本来はそういう計算をしたほうがいいのです。でも普通はこんなお客さんはいないでしょう。一方の「ヒューマン」はどうでしょうか。
営業担当者:「私の父もがんになったのですが、保険に入っていたおかげで……」
ヒューマン客:「あら、そうだったの、それは大変だったわねえ。でもやっぱりそういうことってあるのね。だから安心のために入っておかなきゃね」
むしろこれが普通でしょう。ヒューマンは血も涙もあり、情に流され、不合理と思える行動をしてしまう人間のことです。行動経済学ではそれが普通の人間だと考えます。優秀な保険の営業担当者はこの点をよく理解していますから、エコンな人には近寄らず、ヒューマンな人をターゲットにするわけです(もちろんそれは保険営業に限りません)。
※後田亨・大江英樹/著『生命保険の嘘』(小学館刊)より