埼玉県富士見市で起きたベビーシッター・物袋(もって)勇治容疑者(26才)による2才男児遺棄事件。物袋容疑者はインターネットのベビーシッター紹介サイトで客を募り、複数のニックネームを使い分けて登録、事件の当日も「山本」という偽名を名乗っていた。
物袋容疑者が富士見市内でベビーシッターを始めたのは昨年11月。家賃8万円、3LDKのマンションの一室を自宅兼保育所として使い始めた。同じマンションの住民は次のように話す。
「あの部屋で保育所をやっていたなんて、全く知りませんでした。看板のようなものも出てませんでしたから…」
近所に知られることもなく、ひっそりと保育所を営んでいた物袋容疑者だったが、子供を連れて近くの公園を訪れる姿がたびたび目撃されている。
「一緒に遊ぶこともせず、ベンチに座ってたばこを吸いながら、ずっとスマホをいじってました。子供たちに強い口調で、“さっさと歩け! ぐずぐずしてると置いていくぞ”と怒鳴っているのを見かけたこともあります」(近隣の住民)
今回の事件後、物袋容疑者の父(56才)は「(息子は)子供はそんな好きじゃないはず」と話していたが、どうして彼は“ベビーシッター”という仕事を選んだのだろうか──それには彼の生い立ちが、深く関係していた。
横浜市内で、自営業の父と、保険の外交員のかたわら、夜は保育所で働く母(50才)との間に育った物袋容疑者。小中と通った公立の学校に居場所はなかったようだ。
「会話はするんですけど、円滑にコミュニケーションを取ることができない子で、いじめられていたわけではないんですが、周囲からも浮いていましたね。友達もほとんどいなかったと思います」(中学の同級生)
家に帰っても、近隣の住民から煙たがられる存在だった。
「“ふざけんじゃねえ! バカヤロウ!”という物袋容疑者の大声が家の中から昼も夜もなく聞こえるんです。窓を閉めていてもわかるくらいの怒鳴り声で。それが小学校高学年から中学校ぐらいまで、毎日のように続いていました」(同じ団地に住む男性)
物袋容疑者が、こんな行動を取るようになったのは、母親の影響が強くあったようだ。
「母親は物袋容疑者に向けて“ぐずぐずすんな、さっさとしろ! こののろま! バカ!”とよく怒鳴っていたんです。人前でも所構わず、ですよ。いつもイライラしているような人でした。きっと彼は、そんな母親に不満を持ち、対抗するように敵対心を表に出すようになっていったのではないでしょうか」(別の近隣の住民)
そんな環境のなか、中学を卒業した物袋容疑者は調理関係の専門学校へ進む。派遣や配送などの職を転々とした後、2012年3月から、横浜市内の保育所で月に3~4日ほどの頻度で働き始めた。
「保育の知識なんて持ち合わせていなかった物袋容疑者がその道を選んだのは、反発する母親を見て、こんな母親でも保育の仕事ができるのなら“自分にもできるはず”という幼稚な発想からだったんだと思いますよ」(物袋容疑者を知る人)
歪んだ「母子関係」が彼を決して適職とはいえない“保育”の道へと突き動かしたのかもしれない。
※女性セブン2014年4月10日号