シンガーソングライターの谷村新司(65才)がこのほど、世界に満ちたたくさんの不思議について綴った『谷村新司の不思議すぎる話』(マガジンハウス)を上梓した。同書にはヒット曲『昴』の誕生背景などが描かれている。
東京・神田のオフィス街の一角。とあるビルの高層階に、谷村の事務所はある。音楽関係の事務所が多い青山でも六本木でもなく、江戸情緒あふれる神田という場所は、谷村にとってどんな想いのある場所なのだろうか。
「昔から本が大好きで、神田の古書店街にもよく通っていました。散歩で行ける範囲にこの街があるというのが、ずっと念願だったので、嬉しいですね」
満面の笑みで語る谷村。
「その前は2年間、銀座に事務所がありました。“60才になったら銀座に拠点を構えてみたいね”と妻と話していたんです。地下鉄の線がたくさん通っていて、どこに行くのも、何をするのも銀座は便利。感動的でした」(谷村・以下「」内同)
え、地下鉄に乗るんですか!?
「ええ、自分の買い物やプライベートの移動はもっぱら地下鉄でどこへでも。銀座は街並みも含めてとても気に入っていたんですけど、もともと一か所にとどまっていることができない気質なのか引っ越しが多いんです。回遊魚みたいなものかな」
東京に暮らすようになってほぼ40年。この間、14回も引っ越しをしているそうだ。
「自分にとっては動いていることが日常だといったらいいんでしょうか。流れる水は腐らない、転がる石は苔が生えない、といいますけど、旅でも引っ越しでも動こうと決めた瞬間に歌がやってくることが多いんです」
1980年に発表され、大ヒットし、代表曲となった『昴』が生まれたのも、まさに引っ越しの最中だったと、本書に記す。
<引っ越し会社のスタッフたちと必死に荷造りをしていて、うちの中は荷物を詰めた段ボールでいっぱいという慌ただしい状況下で、突然メロディと歌詞が同時に降りてきたのです!>
さらに本書には、こう書かれている。
<いまでこそ多くの方に愛されていますが、私自身には傑作の予感はありませんでした。自分で書き留めておきながら、歌詞の意味がよくわからなかったからです>
『昴』という歌が、なぜこれほどヒットし、大きな存在となっていったのか。歌詞がどこから生まれ、音符に収まって、自分のものになっていったのか、それを探る旅が本書には綴られている。
『昴』以前に、堀内孝雄、矢沢透と3人のグループ「アリス」として、『冬の稲妻』『チャンピオン』など数多くのヒットを飛ばしてきた著者。フォークロックの分野で際立つ人気者だった。そんな大スターである著者の、とても丁寧な口調と穏やかな笑顔に、思わず「怒ったり、激昂することはないのですか」と尋ねると、
「昔は結構とんがっていましたね(笑い)。自分の純粋な想いと信念を守るために命がけで、必要だと思ったらけんかしてでも理解してほしいと思っていたんです。でも、コミュニケーションする相手にどんな考えがあってそうするのか、想をめぐらし、受け止められるようになりました。だから、今は怒らないし、けんかもしません(笑い)」
※女性セブン2014年4月10日号