1990年に55歳の若さで死去した俳優の故・成田三樹夫氏は、東映ヤクザ映画や時代劇、映画『蘇る金狼』での悪役や『探偵物語』でのコミカルな刑事役など、死の直前まで幅広く活躍した役者だが、役柄以外ではあまり多くの言葉を残していない。役者としての転機にあった1977年7月に行われたインタビューで残された成田の言葉から、映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづる。
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成田三樹夫は1960年代から1980年代にかけて、幾多の時代劇・ヤクザ映画で悪役として活躍してきた。俳優座養成所を経て、1964年に大映でキャリアをスタート。端正なマスクと鋭い眼光、押し出しの強い声……といった若さに似合わぬその堂々たる風貌と芝居は早くから高く買われ、デビューして数年のうちに勝新太郎主演「座頭市」シリーズや市川雷蔵主演「眠狂四郎」シリーズといった大映の人気作品で相手役に抜擢された。
彼が役者として何を考え、何を目指していたかは謎めいた部分が多い。が、梅林敏彦のインタビュー本『アウトローに挽歌はいらない』(北宋社)で、役作りについての考えを語っている。そこには悩める姿があった。
「普通の人に比べたら、あまり努力はしない方でしょうな。役作りでも何でも。あまり深刻に考えこんだりなんてことはないもんね。現場で勝負だ、っていう感じね。
やっぱり、かたくなっちゃダメね。芝居の仕事の8割か9割は、自分の気持ちと自分の体を開放させることだからねえ。フワッと開放させて、何かが起きたら、それに柔軟に反応する。自然に反応する。これが芝居だからね。コチコチになっちゃあね、人の言葉、人の動きに反応することはできないしね。
芝居の9割は、その開放をすることですよね。あとは細かいところを考えたり、役の上での太い一本の線を作ることそれができりゃ、芝居の仕事はほとんど終わりなんでね。
けど、それができないんだよな、なかなか(笑)。その日の体の調子によって非常に変わってくるしね、芝居がね。ヘンなところに力が入ったりね、それがわかってるわけ。その力を抜こう抜こうとしても、どうにも抜けないところがあるしねえ」
成田は1990年に55歳の若さで病没する。キャリアを経るにつれて演じる役を広げてきた彼は、どんな老人を演じたのだろう。それを見届けることができなかったのは、残念でならない。
●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP新書)ほか新刊『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(文芸春秋刊)が発売中。
※週刊ポスト2014年4月4・11日号