湯立て神楽
スウェーデン・ストックホルム(『魔女の宅急便』)、クロアチア・ドブロブニク(『紅の豚』)、カンボジア・ベンメリア遺跡(『天空の城ラピュタ』)……。ジブリ作品の舞台のモチーフになったと言われる名所は知られているが、物語のアイデアのモチーフになった場所はあまり知られていない。ここ日本に、『千と千尋の神隠し』のネタ元になったと言われるお祭りがあるのをご存知だろうか?
巨匠・宮崎駿に着想を与えたとされるお祭りの名は、国の重要無形民族文化財にも指定されている『遠山郷霜月祭り』。長野県南信州地方で毎年12月に開催される“湯立て神楽”と呼ばれる形式のお祭りだ。湯立て神楽とは、各地によって趣向が多少異なるものの、基本は湯を煮えたぎらせた釜を用意し、その湯をもちいて無病息災や五穀豊穣、厄払い、占いなどを執り行う神事である。
霜月祭りでは、村人が八百万の神様に扮して様々なお面を着面し歌舞を行い、煮えたぎった釜の湯を素手で観衆にぶっかける――という熱湯風呂も真っ青のワイルドな神楽だ。
さらに、全国の神様が訪れに来る湯治場、つまり“神様の湯治場”という設定の神楽でもある。『千と千尋』さながらに、さまざまな神様のお面が登場しお湯に浸かっていく(ぶっかけていく!)様子は圧巻で、バラエティに富んでいるのも大きな魅力だ。この湯を浴びると、一年間無病息災が約束され、地元の人はもちろん全国からあやかりに来る人があとを絶たないほどだ。
遠山郷は人口150人ほどの標高1000m前後に位置する小さな山の村落。“日本の原風景が残る山里で執り行われる”という舞台装置効果もあって、霜月祭りはまさしくこの世ならざる感覚を与えてくれる。
ただし、傾斜角度30度の山腹を切り開いて耕地や民家が点在する秘境でもあることから、宿泊施設は少ない。このお祭りを見るために、お盆過ぎから予約を申し込む人もいるほどで、興味を持った方は早めに調べておいたほうがいいだろう。そして、もう一つ注意事項が。
「遠山郷の湯立て神楽は、神社の本殿の中で行われます。湯を絶やさないように、延々と薪を投入しますから、とにかく屋内が煙くなります。地元では、“寒い”“眠い”“煙い”の三大祭りと言われているほど過酷なお祭りですから、お越しになるときは防寒と防臭に気をつけてくださいね(笑)」(地元民)
さすが、古くは平安時代からほぼ同じ形式で行われていたとされるだけはある。ある意味、千尋よりも過酷な体験ができるかもしれない。