「(福島第一原発は)コントロールされている」――安倍晋三首相が全世界に向けて宣言してから半年以上経ったが、今も高濃度汚染水の漏洩が続いている。政府は再稼働に向けて大きく舵を切ろうとしているが、廃炉作業はまだ始まったばかり。その廃炉作業もうまくいっていない。福島第一原発内部の取材をしたジャーナリストの藤吉雅春氏が、その知られざる実情をリポートする。
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汚染水と燃料の問題に加えて、報道されていないもうひとつの問題に注目したい。それは作業員のことだ。
今春、東電は社内分社化して、「廃炉カンパニー」を設立する。三菱重工業、東芝、日立など原発メーカーと廃炉終了までの作業を行う。廃炉が完全に終了するのは、計画では30年から40年後だ。
「廃炉まで設備や仕組みが耐えられるよう頑張っていきます」と、東電側は説明するが、30年後、ここにいる東電の幹部や私たちはもう生きていないか、現役を引退して高齢者になっている。では、将来誰が廃炉に向けた作業を続けているのだろうか。ここが隠れた重要な問題点だ。
今後、誰が厄介な敗戦処理の作業をするのか。人集めができなければ、廃炉計画は予定通り進まなくなる。この悩みは、実はすでにトラブルという形で表面化し始めている。
例えば、視察中、東電の増田尚宏特命役員は厳しい表情でこう話した。
「先月、H6というエリアから汚染水の漏れがありました。危機感がまだ欠けているところがあるのではないかと思っています」
正確には、「漏れ」というより100tもの汚染水が「溢れた」のだ。なぜ危機感が欠けた事故が起きたのか。
H6エリアでこの事故が起きたのは、2月19日の深夜だった。ある技術者は私に、「信じられない話ですが」と、こんな話を打ち明けた。
「H6エリアで漏れた原因は、汚染水をタンクに送り込む配管のバルブ(弁)を『閉』から『開』に誰かが間違えて操作してしまったからです。別のタンクに送る汚染水を、誤ってH6エリアのタンクに流してしまったから溢れ出たんです。基本的な操作ができなかったためのミスです」
普通だったらありえない話だという。なぜなら、
「震災前はどのバルブもロックされていて、勝手に操作できないように管理する人がいました。バルブを動かすにも手順書に従って、誰が扱うかも決まっています。それが今、管理ができていないのです」(ある技術者)
汚染水の扱いが、コントロールされているとは言い難い状況なのだ。実はこうした初歩的なミスは増えている。
あるベテランの技術者はこんな話をする。
「若い作業員が防護マスクの中が暑くなって、口の周りに汗をかき、かゆくなって勝手に自分で防護マスクを外したのです。そして手袋をつけたままの手で口元をぬぐってしまった。手袋は放射性物質で汚染されていますから、周囲はびっくりして騒ぎになりました。口を拭けば、体内に吸引されて内部被曝する恐れがあります。検査の結果、大事には至らなかったのが何よりでしたが、作業員自身が汚染する事故が増えているのです」
本来ならクリーンエリアに行き、マスクや手袋を外してもらい、きれいな布で拭かなければならない。原発で働く場合、こうした教育を3日間受講しなければならない。
「事故後も確かに教育はしています。しかし、教育を受けた後にその人の適性を見て、軽装備の作業か、重装備の作業かを人選する余裕がなくなってしまいました。
また、3日間の受講期間中に受ける放射線管理教育のテストで80点以下は不合格になって作業員になれない。これでは人が集まらないので、人集めをしている下請け会社が、テストの問題を事前に教えている。しかもテスト問題は、1時間に何ミリシーベルトの放射線を浴びたら、3時間で合計何ミリシーベルトになるか、という中学生のような問題にしてあります。できるだけ合格者を出すためでしょうが、これでは作業員が技術を身につける努力をしなくなる」(ベテラン技術者)
若くて、技術を覚える意欲や能力のある人が集まらないと、作業は進まない。ベテランに重要な仕事が集中すると、ベテランの被曝線量が蓄積されてしまい、“仕事ができる人”が作業できなくなるという悪循環になるからだ。
また、このベテラン技術者はこう言う。
「完全防護のフル装備は、熟練の作業員ですら2時間が限度です。それを今は5~6時間フル装備で作業しなければならないから、きついのです」
そのため、下請け会社がせっかく作業員を集めても、
「こんな仕事、とてもじゃないけど務まらない」
と言って、1日や2日で辞めるケースが多いという。
※女性セブン2014年4月17日号