【書評】『日本昔話を旅する』洋泉社編/洋泉社MOOK/905円
【評者】内田和浩(歴史研究家)
「むかしむかしあるところに」と始まる日本の昔話。誰もが幼い頃、『桃太郎』『浦島太郎』『花咲かじいさん』などの話を読み聞かせてもらったり、絵本で読んだりしたことがあるだろう。本書はまず、日本を代表する昔話をとりあげ、そのオリジナルの筋をダイジェストで紹介する。
読んでいくと、「ええ? こんな内容だったっけ」という驚きの連続だ。たとえば『かちかち山』には、いたずらをしておじいさんに捕まった狸が、おじいさんのいない間におばあさんを殺し、その肉で「婆汁」を作り、自分はおばあさんに化け、帰ってきたおじいさんに食べさせるくだりがある。そんな残酷な内容はとても子供には話せないだろう。
そう、昔話は本来、子供のためだけのものではなかった。その場にいる老若男女を楽しませる「話芸」であり、語られる相手によってアレンジされるものだったのだ。子供相手なら残酷な部分ははしょり、狸の背中が燃えるところをおもしろおかしく語ればいいのだ。
後半の〈昔話の世界を読みとく〉という章では、昔話のモチーフを分析してゆく。とりわけ男女にかかわる昔話が興味深い。たとえば『鶴の恩返し』。鶴を助けるのは老夫婦という設定もあるが、独身男が助ける話もあり、それは『鶴女房』という。若く美しい妻(正体は鶴)は、「私が機を織っているのを見ないで」というが、夫は部屋をのぞいてしまう。
そこで妻は鶴の姿に戻って去ってしまう。深く愛し合う男女も、たったひとつのタブーを破っただけで永遠の別れが訪れるという教訓がこの話には込められている、と本書は説く。なるほど、自分にとっていいことはないと予想しながら、パートナーの携帯を見てしまう心理にどこか通ずるかもしれない。「〈見るなの禁忌〉は最初から叶えられない約束」、という本書の言葉にうなずいた。
本書には、昔話の舞台となった風景がグラビアで掲載されている。秀麗な富士の写真には『竹取物語』の一節が記される。かぐや姫は帝の求愛を袖にして月に帰ってしまう。帝は、かぐや姫からもらった「不死」の薬を日本でいちばん高い山の頂上で燃やす。その山が「富士」山だ。富士は悲恋の山でもあったか。昔話の世界をめぐりながら、美しい風土に育まれた、いにしえの日本人の心とふれあいたい。
※女性セブン2014年4月24日号