【書評】『そして、日本の富は略奪される アメリカが仕掛けた新自由主義の正体』菊池英博/ダイヤモンド社/1800円+税
【評者】森永卓郎(経済アナリスト)
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著者の菊池英博氏は孤高の経済学者だ。早くから一貫して新自由主義を糾弾し、最近では「消費税はゼロでよい」と消費税率の引き上げに反対してきた。その菊池経済理論の集大成が本書だ。見事と言うしかない。77歳になっても、筆の勢いが一切衰えていない。豊富な事例とデータ、そして明快な論理で、いま経済で何が起きているのかをあぶり出している。
本書の主張を大胆に要約すると、公正なルールに基づく市場原理の徹底という名を借りた新自由主義は、利権を握る1%の富裕層と99%の低所得層に社会を分化した。その流れのなかで、交渉が大詰めを迎えているTPPも、自由貿易の名を借りた米国ルールの押しつけであり、TPP参加によって、日本はアメリカの植民地となり、日本の富が略奪される、というものだ。
ちなみに著者のこうした主張を実際に交渉の現場に立つ官僚たちは、「妄想」だと斬り捨てている。彼らの主張によれば、当初こそアメリカは、自国ルールを押しつけようとしたが、日本の交渉努力によって、現状では公平な国際間ルールにもとづく日本にも大きなメリットのある協定が実現しようとしているというのだ。
私は、著者の言っていることの方が正しいと考えている。第一の理由は、官僚に具体的にTPP交渉でどのような成果を得たのかを問うと、一様に守秘義務があるから具体的な話はできないと拒否することだ。第二は、日本には年次改革要望書でアメリカの言いなりになってきたことなど、連戦連敗の対米外交の歴史があることだ。そして第三は、混合診療の解禁など、アメリカルールのゴリ押しを交渉妥結前から、すでに政府が実現に向けて動いていることだ。
著者は自ら研究所を主宰し、どの組織にも属していない。そして、どの企業の利権にも関与していない。著者の旺盛な発信力を支えているのは、国益や国民の生活を守りたいという純粋な正義感だ。その魂の叫びが凝縮された本書は、間違いなく今年のベスト作品だ。
※週刊ポスト2014年4月25日号