クリミアの「独立」で、「米露関係は冷戦終結後で最悪」とされ、日本ではロシアを非難する論調が目立ったが、それは米欧側に立った一方的な見方だ。大前研一氏が指摘する。
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今回はロシアがクリミアをいきなり併合したのではなく、クリミアが住民投票の結果を受けて自らの選択で独立してからロシアに編入を要請した形になっているのだから、論理的には米欧も文句を言えない話のはずである。彼らが大好きな民族自決、民主主義の手続きをちゃんと踏んでいる。
また、海外のニュース番組を見ていたら、ロシア編入を支持するクリミアのお婆さんに記者が理由を尋ねたところ、「ロシアは年金がウクライナより高いから」と答えていた(実際にクリミアで流されていた独立派のTVコマーシャルでは「給料2倍! 年金2倍!」と言っていた)。
つまり、クリミアの住民たちがウクライナを捨ててロシアに入ることを選択したのは、民族や宗教やイデオロギーの問題だけでなく、「自分たちの生活のため」という側面もあるのだ。裏を返せば、それほどこれまでのウクライナ歴代政権の無為無策がひどかったということである。
となると今後は、親米欧政権が誕生すると思われる5月25日投開票の大統領選挙後、ロシア系住民が多い東ウクライナが雪崩を打ったように「自分たちもロシアに」と動く可能性がある。ウクライナは実質的には債務超過状態で政府は財源がない。EUやアメリカがギリシャなどに優先してウクライナを救済するとは思えない。現に、ブルガリアやルーマニアは(自分たちが先だという考えから)ウクライナのEU加盟に反対の姿勢を打ち出しており、EUも一枚岩ではない。
したがって、ウクライナ住民の困窮は長く続くと思われる。クリミアにカネが注入されるのを見れば、東部の人々は後を追うことになるだろう。最終的にウクライナは、ロシア領になったクリミアと(なるかもしれない)東部、キエフを中心とする親米欧の中部、そして西部(西ウクライナ)に分裂するかもしれない。
西ウクライナの住民の多くは、独立した上でポーランドに編入し、EUに入ってシェンゲンビザ(ヨーロッパ各国のビザを個別に申請しなくても、それ1つで加盟国内を自由に往来・居住できるビザ)がもらえるようになることを願っているとも報じられている。
そうしたウクライナの複雑な事情を知れば、アメリカの尻馬に乗って「ロシアが悪い。制裁だ」と断ずることはできない。その意味では、本稿締め切り時点で日本政府が経済制裁にまで踏み込んでいないのは賢明な判断だと思う。
もし日本が今後のG7などでロシアに対する追加の制裁措置に同意せざるを得なくなったとしても、それを律儀に守る必要はない。米欧に迎合することなく、したたかに立ち回って、エネルギー交渉や北方領土問題の進展などに向けた独自の外交を展開すればよいだけのことである。
※SAPIO2014年5月号