日本初のクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」の運行開始から早や半年。破格の料金ながらその人気は高まるばかりだ。総工費30億円の贅を尽くした車内に、極上の食事ともてなし──。新刊『「ななつ星」物語 めぐり逢う旅と「豪華列車」誕生の秘話』(小学館)を上梓したノンフィクション作家・一志治夫氏が、その誕生秘話を紹介する。
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ひとり約70万円という最上級のデラックススイート(3泊4日コース)は、195倍という抽選倍率(第4期募集)で締め切られた。昨年10月15日に運行を開始した豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」の人気は衰えを知らない。
「ななつ星」の機関車と客車7両に投じられた費用は30億円以上。長崎など九州北部をまわる1泊2日と九州5県を巡る3泊4日のコースがあり、乗車定員はそれぞれ30名。年間わずか3千人足らずの乗客しか乗ることができない狭き門である。
鉄道史に残る豪華寝台列車を企図したのは、JR九州の唐池恒二社長だ。唐池は、2009年に社長に就任して以来、「A列車で行こう」や「指宿のたまて箱」など九州内を走る観光列車(デザイン&ストーリー列車=D&S列車と称される)を次々と仕掛け成功させてきた。「ななつ星」は、いわばそれらの集大成とでもいうべき列車である。
デザインを担当したのは、これまでもD&S列車のすべてを任されてきた水戸岡鋭治。この2人の情熱、いや狂気こそが、JR九州や日立製作所の技術者、家具職人など多くの人々を動かし、希代の列車を誕生させたのだ。
たとえば、初めて挑むことになった福岡県大川市の組子職人に対して、水戸岡は、「やるという気持ちがなかったら何もできない。問題は出てくるだろうけれど、最初にそんなことを考えたら、新しいことなんか何もできない」と発破をかけ、見事に組子を車内に設えてみせた。
車内サービスもまた、ゼロからのスタートだった。目指したのは、「高級ホテル」や「高級旅館」。「やま中」の鮨をはじめ、「食」は徹底的に吟味され、また新たに集められたクルーたちはトレーニングを重ねた。
食事、内装、訪問地といずれも魅力的なメニュー満載の「ななつ星」だが、実は、最大の魅力は九州の豊かな風光である。朝夕の景色の移ろいを車窓から眺める贅沢を、唐池は、「30億円の額縁」と名づけた。
もっとも、「ななつ星」は、何も限られた乗客のためだけにあるわけではない。ブランド化に成功した「ななつ星」は、いまや野菜を運び入れる農家、食事を提供する料理店、さらには沿線住民をも巻き込んで、7県で暮らす人々にとっての「誇り」にさえなっているのである。
写真提供■JR九州
※週刊ポスト2014年5月2日号