米国のオバマ大統領の訪日を前に、環太平洋連携協定(TPP)をめぐる日米交渉が大詰めを迎えている。コラム執筆時点(15日)で交渉は難航しているが、決着する可能性も十分にある。
米国も日本も経済面のみならず軍事的にも台頭する中国の存在を無視できない。互いに多少のコストを払っても、日米を軸にしたアジア太平洋諸国の連携強化が喫緊の課題になっているからだ。
TPPの延長線上には、アジア太平洋地域での集団安全保障体制構築という課題もある。私はクリミア危機勃発以降、中長期的にアジア太平洋の安保体制強化の必要性を唱えてきた。米国の力が相対的に衰える中、カナダや豪州、ニュージーランド、マレーシアといった国々との連携を強めた方が安定する。
自民党では石破茂幹事長もアジア版NATO(北大西洋条約機構)の創設を訴えている。これもクリミア情勢を受け止めた結果だろう。
そこで先日、アジア安保強化の必要性を政府高官にぶつけてみた。すると、彼は意味ありげな表情を浮かべて「そういう話は表立ってしない方がいい」と言った。
それには理由が2つある。まず中国を刺激する。中国抜きでアジア版NATOを作るとなると「中国は敵だ」と言ったも同然になる。敵と味方をはっきりさせてしまうのは、国際政治で上策でない。
1950年に当時のディーン・アチソン米国務長官が「米国の防衛ラインはフィリピン、沖縄、日本、アリューシャン列島までだ」と言って朝鮮半島を除いた結果、北朝鮮が南に侵攻し、朝鮮戦争が起きた例もある。
それから、米国と日本以外の軍事力はたいしたことはない。となると、残るアジアの小国に危機が生じたとき事実上、日米が重荷を背負う形になりかねない。
政権を支える黒子の官僚とすれば、アイデアとして温めていたとしても、ペラペラと口に出して喋るような真似はしないというのだ。ここは「なるほど」と思った。
ジャーナリストという商売の醍醐味を感じるのも、こういうときだ。政府が言えないことをペラペラと喋ったり書いたりする。だから面白いのだ。石破も政府の人間でないから、あえて言ってみせたのだろう。ここは表と裏で安保政策の構想力が試される場面である。
(文中敬称略)
文■長谷川幸洋:東京新聞・中日新聞論説副主幹。1953年生まれ。ジョンズ・ホプキンス大学大学院卒。政府の規制改革会議委員。近著に『2020年新聞は生き残れるか』(講談社)。
※週刊ポスト2014年5月2日号