消費増税直前の春闘で大手企業各社はベースアップを認め、テレビ・新聞はアベノミクスの成果と言わんばかりに大騒ぎした。しかし、実態は大幅な所得減なのだ。
安倍首相は民間企業に賃上げを「求めている」ことを強調しているが、そもそも共産主義国家でもないのに政治が民間給与を引き上げるというのはおかしな話であり、現に賃上げの動きは極めて鈍い。
アベノミクスを礼賛してきた新聞やテレビは、いまさら「やっぱりダメだった」とは言えず、なんとなく今春は賃上げ企業が多いような印象を与える報道に終始しているが、論より証拠、データを見れば賃上げが進んでいないことは一目瞭然なのである。
2月のロイター企業調査によれば、(一時金含む)賃上げを予定する企業は全体の30%。ベースアップ実施を予定している企業は全体の18%に留まった。日本企業全体の7割を占める中小企業の多くは賃上げとは無縁なことがわかる。
「アベノ賃上げ」の象徴のように報じられてきたトヨタ自動車のベースアップ(基本給の基準引き上げ)は、わずか月額2700円である。これがどういう金額か正しく伝える新聞・テレビはない。
同社の組合員平均月給(基本給)は34万円余り。2700円はその0.7%程度にすぎない。一方、4月からは消費税が3%分引き上げられたから、変動の大きいボーナスを別とすれば同社社員の可処分所得は大きく減ったのである。
許せないのは、このタイミングで公務員の給与が4月から8.5%も大幅に増額されたことだ。これは震災復興のための増税を決めた際に、「霞が関も痛みを分かち合う」として実施された7.8%の給与減を解除したことによる。
もともと2年間の時限措置だったからルール違反とは言えないが、国民に強いた復興特別所得税は25年間にわたる長期の増税である。そこに重ねて消費増税、所得税の増税を課した役人が、自分たちだけ今年から家計が大幅に豊かになるという仕組みは国民の理解を得られない。その総額は財務省によれば年間3000億円にのぼる。
うがった見方かもしれないが、安倍首相が賃上げ要求を強調するのは、消費増税の言い訳と同時に、公務員への大盤振る舞いのうしろめたさがあるからではないのか。
みずほ総合研究所シニアエコノミストの山本康雄氏は今回の増税について提言する。
「今回の増税は十分な賃上げが伴わないまま行なわれたことに問題があります。8%増税は開始されてしまいましたが、せめて来年の消費税10%への引き上げについては慎重に判断し、持続的な賃上げが展望できないならば先送りするべきです」
※SAPIO2014年5月号