“文さん”の愛称で親しまれ、今年2月に亡くなった元TBSアナウンサー・山本文郎さん(享年79)。山本さんと妻・由美子さんは結婚当時の7年前、「31才差婚」として話題になった。由美子さんにとって、その7年は、25年、26年にも値する時間だったという。それほどにかけがえのない濃密な夫婦の時間を、遺された妻が手記の中であらためて振り返った。
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既に七十代となっている男性との年の差婚は、それから先二十年、義母のように百三才まで生きれば三十年、どんな健康状態で結婚生活が続くかわからない不安をいきなり持つこととなる結婚です。お互いを信頼し、自分の人生の最終章を委ねるのです。財産があるだのないだの、軽い気持ちで年の差婚をするなんて私には考えられません。お互い自分の人生を捧げる覚悟と、この人のことは自分が守るという強い愛がなければ日々の生活すら続かないと実感しております。
今、日常が日常でなくなることの寂しさを痛感しております。朝食を食べながら、「あなた様、今日の夕食何がいいですか?」なんて聞くと、「今食っているのに考えられないよ!」と言うので、「そうは言っても主婦は毎日献立を考えて、買い物に行かなくてはならないの!」と言うと主人は、「じゃ、おれもスーパーへ一緒に行くよ!」こんな会話が常でした。
また、私がお風呂に入っていると、わざわざドアを開けて、「なんだ! 風呂入っているのか! どこに行ったか探しちまったよ!」と。今でも湯船に浸かっていると、主人がドアを開けるのではと、期待してしまいます。
人生の最後に『いい人生だったよ!』と思ってもらえるよう、『こうしてあげていればよかった…』ということが一つでも少なく、『こうしてあげてよかった!』ということが一つでも多くあるように過ごしてきたつもりです。
私たちは、この年齢で、この年の差だからこそ、彼は私を選び、私は彼を選んだのだと思っています。お互いがお互いを必要とし、何気ないことに幸せを感じていました。一緒にいられる時に全力で愛しました。
人生の後半に再会し、結婚できたことは最高の幸せだったと心から思っています。以前主人からもらった手紙にも「私を心の底から愛してくれた君に本当に感謝しています。私は人生の後半にお前さんに逢えた事を誇りに思います。」と書かれていました。私の愛が本物だったことを実感してくれた主人に感謝です。私にとって夫は、一生山本文郎だけです。山本文郎の妻にしてもらえたことは、私の一生の宝です。
主人が残してくれたのは、現金でもなく、保険金でもなく『山本文郎が心の底から私を愛してくれた事実』と、『たくさんの人との繋がり』という財産です。
寂しがり屋の主人ですから、前妻の眠るお墓に入ることで、あちらでも待っていてくれる人がいて寂しくないことでしょう。
前妻が六十才で、主人は傘寿でこの世を去りましたので、お墓の中では二十才の年の差になりました。逆に、私が今度主人に会う時は、年の差はなくなっていて、「お前さんもずいぶん年とったなぁ」なんて言われないように、こぎれいにしておかなくてはいけませんね。
前妻から渡された見えないバトンはお墓に戻してまいりましたので、今度は一人で折り返し地点を通過し、立ち止まることなく走っていこうと思います。私は、主人が最後までこだわったテレビの仕事を、このまま続けます。どうか皆様応援してくださいね。
最後に、主人の五十七年間のアナウンサー人生を、テレビやラジオを通して支えてくださった日本中の皆様に、主人に代わりましてお礼申し上げます。
長い間本当にありがとうございました。
※女性セブン2014年5月22日号