ソチ五輪の昨シーズン、芸術性の高い演技と、個性豊かな語録で注目を集めたフィギュアスケートの町田樹選手。五輪には遠いと思われていた“第6の男”の位置から一気に駆け上がりソチ出場、続く初出場の世界選手権では銀メダルを獲得した。“結果を出す男”“言葉を持っている男”の哲学とは?
「競技も人生も、本にインスパイアされてきた」と語る町田選手に、本と、フィギュアと、町田樹の深い関係を聞いた。(後編:人生編)
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■“一流”から学ぶ 本番で力を発揮する方法
言葉を大事にするという町田選手は大の読書家である。『エデンの東』や『白夜行』など、愛読書からインスパイアされたプログラムを披露してきた。選手としての姿勢や生き方も、本から学ぶことが多いという。
「一流とはどういうことか、ということをよく考えます。僕はフィギュアスケーターとしても、人間としても一流になりたい。そのためにいろんな考え方や生き方を知りたくて本を読みます。
たとえば『外科医 須磨久善』(海堂尊著)は折にふれて読み返す大切な本です。須磨先生は日本初の心臓難手術『バチスタ手術』を行った方。海堂さんは大、大、大好きな作家さんで、ほぼすべての本をハードカバーで持っている。須磨先生ご自身が書かれた『タッチ・ユア・ハート』ももちろん読みました」
上記の本から学んだのは試合に臨む心構え、精神の落ち着かせ方。『チーム・バチスタの栄光』のモデルにもなった天才外科医の極意を、町田選手はどうやって自分のものにしていったのか。
「須磨先生は手術前に、あらゆる事態を想定すると書かれています。そうすると自ずと悲観的な考えになるのですが、悲観的なイメージを出し切ることで、次第にポジティブな方向へと変わっていくと。『手術前の扉に立つ瞬間には、絶対に成功するイメージをつかめるように流れをもっていく』と『外科医 須磨久善』にはあります。
僕は以前は、試合前に、あの選手に勝つためにはジャンプの失敗は一回までとか、これくらいのスコア出さないと次につながらないとか、かなり考えていたんです。でも須磨先生の本を読んだこともあり、昨シーズンからは、練習と試合では“意識をスイッチ”するようにしました。
練習では他選手を思い切り意識するし、スコアのことも緻密に考える。だけど、試合になったら一切忘れる。自信のあるプログラムを、心をこめてみなさまに届けることに一意専心する。練習の時はスポーツ選手だけど、試合では演技者として氷に立つようになりました。
他にもいろいろ影響を受けています。僕の知ってる一流の方は“空間”を大切にしています。須磨先生も、場所や建築にこだわった病院を建てている。僕にとっても部屋は精神状態を表す鏡です。部屋が乱れているときは、たいてい僕の心が乱れているんですよ。
そういうときは、心を整えなきゃと頑張るより先に、部屋を片付けちゃう。部屋がきれいになると心に作用して、おのずと落ち着いてくる。試合前などはホテルの部屋も自分のポリシーでいい空間に設えています」
フィギュアスケートの練習にも本の影響があるという。ファンならご存知の町田選手のコンパルソリー練習。昨シーズン、町田選手が練習に取り入れたフィギュアスケートの基礎練習だ。
「須磨先生に限らず、偉人たちは基礎や初心を大切にしています。僕は伸び悩んでいた時期に何かを変えないといけないと考え、もう一度、基礎を学び直すことにしました。土台を広く頑丈にすれば、その上に積み重ねられるものが増えると考えたのです」
■嫌い嫌いといいながら、嫌いなものを食べつづける
心臓外科医の頂点に至った須磨氏だが、初めてバチスタ手術を行った患者は手術後に死亡。大いなる悲嘆にくれた。だが須磨氏は諦めなった。須磨氏を慕う町田選手の場合はどうか。スポーツにはつきものの“失敗”への対処方は。
「失敗は成功のもと、と当たり前のように言われますが、本当にその通りだと思います。20年のスケート人生を振り返ると失敗の方が多い、というより、失敗だらけ。だから落ち込んでいるわけにはいかないんです。スケートに限らず、どんなに努力して準備しても、結果を完全にコントロールすることはできません。成功したとしても、自分でつかみとった面もあるでしょうが、偶然性も否定できない。
だから僕はこう考えるようにしています。起こってしまったことは偶然かもしれないけど、そこから何かを学び取ることは必然だと。そしてこの考え方も海堂さんの作品から学びました。
僕の場合は、なぜ失敗したかを分析して、同じ失敗をしないように心掛けます。言ってみれば一つの失敗は、同じ失敗をしないための失敗。一つ失敗することで、失敗をする可能性が一つ減ったと考える。一方で、成功の後は必ず落とし穴が待っています。これは僕の甘さゆえでもあるのですが。だから昨シーズンは、グランプリシリーズで優勝してもすぐに優勝は捨て去ったし、世界選手権の銀メダルにも依存してはいけないと考えています」