ついに年金「75歳支給」の時代がやって来る。田村憲久・厚生労働大臣は5月13日の閣議後会見で、受給者の選択によって年金受給開始年齢を75歳まで遅らせて繰り下げ受給ができるようにして、その分、金額を割り増す制度を検討することを表明した。
同じ日、政府の経済財政諮問会議の有識者会議「選択する未来」委員会は70歳までを労働人口に位置付ける提言を発表した。2つを合わせると、国民をできるだけ長く働かせ、年金支給を大幅に遅らせようという意図が透けて見えるではないか。
受給開始年齢の引き上げは年金カットの常套手段だ。政府はこれまで年金の受給開始年齢を55歳→60歳→65歳へと段階的に遅らせて支給額を減らし、さらに「68歳受給」や「70歳受給」による削減を議論してきた。それが一足飛びに「75歳」なのである。
国民が75歳まで受給を遅らせると、割り増しによって毎月の年金額はざっと2倍近くに増える。
田村大臣は、「上乗せ部分が発生するので中長期的にみれば財政的には中立だ」と“損はしない”と説明し、大メディアも「働き続ける高齢者の増加が見込まれるなかで、年金のもらい方の選択肢を広げるねらい」(朝日新聞)と解説しているが、騙されてはいけない。
平均寿命(男80歳、女86歳)から考えると、75歳受給では男性はわずか5年あまりしか年金を受け取ることができず損するのは明らかだ。
厚労省の標準モデル(生涯平均月給36万円)をもとに、大卒入社で22歳から定年まで働き、現行の65歳から年金を受け取るケースと、頑張って75歳まで働き、75歳受給(年金割り増し)を選択するケースで損得を比べてみよう。
受給額の比較試算は政府の年金記録回復委員会の委員を務めた特定社会保険労務士の稲毛由佳氏の協力を得て行なった。
まず、現在の一般的なパターンである「65歳で退職し、65歳から受給するケース」では支払う生涯保険料が3083万円(半額は企業負担)で、平均寿命(男性80歳)までの15年間に受け取る年金の総額は2546万円(月額約14万円)になる。
一方、政府が推進しようとしている「70歳まで働き、75歳から受給するケース」は生涯保険料3795万円を支払い、受け取る年金は月額約30万円に割り増しされるが、それを加味しても5年間の総額は1766万円にしかならない。支払った生涯保険料の元を取るためには86歳までかかる。
「財政的には中立」どころか、国は支払う年金が減るからボロ儲け、国民は大損する制度ではないか。
※週刊ポスト2014年5月30日号