来年1月に相続税が改正され、相続税の申告対象者が大幅に増えることが見込まれている。どれだけ仲の良い家族でも、相続をきっかけに関係が一気にこじれるような例は少なくないが、見知らぬ人物が念書を盾に金を要求してきた場合、拒否はできるのだろうか? 弁護士の竹下正己氏はこう回答している。
【相談】
実業家の母が急死。葬儀後に母と特別な関係にあったと主張するAが現われ、自分が死んだらAに1000万円を支払うという母の署名捺印がされた念書を持ってきました。Aの存在は親族、母の友人たちも知らず、遺書にも一切、書かれていません。それでもAに1000万円を支払わなければいけませんか。
【回答】
A持参の文書は、遺言または死因贈与契約の可能性があります。遺言は、遺言者が死後の財産の処分の希望を一方的に書いて残すものです。死因贈与は、贈与者が受贈者に財産を贈与するというものですが、その効力が贈与者の死亡時に生じる点で遺言と同じです。大きな違いは、死因贈与は「贈与契約」で、受贈者との間で合意して成立する契約という点です。
まず遺言ですが、遺言として有効かどうかは文書の形式で判断されます。公証人に委嘱しないで私人で作る自筆証書遺言の場合、遺言全文が遺言者の自筆で、署名押印の他に作成日付も必須の記載事項です。ワープロ文に署名押印があっても有効ではありません。
こうした要件を欠いていれば、遺言として効力はありません。しかし、遺言が生前の遺言者の死因贈与の趣旨を含んでいれば、死因贈与として有効とされる場合があります。ただし、死因贈与は契約ですから、受贈者との意思の合致が必要で、死んでから贈与されていたとわかっても、死因贈与にはなりません。
この点、Aは念書のようなものを持っていたのですから、贈与契約が成立しているといえます。例えば、Aへの贈与約束が不倫関係の維持目的であったなど、公序良俗に違反するものでない限りは有効です。
子供だけが相続人の場合、遺留分は法定相続分の半分ですから、相続財産が2000万円以上あれば、遺留分侵害はなく、相続人にはAへの支払い義務があります。
Aを誰も知らず、念書も怪しいのであれば、裁判でその文書が間違いなくお母さんの意思で作成されたことをAに証明してもらうしかありません。証明できなくなったAが、口頭で1000万円贈与約束があったと主張するかもしれません。その場合、文書によらない贈与は取り消せます。
【弁護士プロフィール】
◆竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2014年5月30日号