一昔前なら、「将来なりたい職業」の上位に必ずランクインしていたパイロット。高給が保証され、社会的ステータスも高い憧れの仕事だったはず。それがいまや慢性的な人手不足からエアライン1社で2000便以上が欠航に追い込まれる事態となっている。
日本に3社ある格安航空会社(LCC)の中で唯一の勝ち組だったピーチ・アビエーション。低価格運賃を武器に、平均搭乗率が損益分岐点とされる70%を超えて経営も軌道に乗っていた。にもかかわらず、4月に突如2000便超の定期便(5~10月)を欠航すると発表した。
同社によると、52人の機長のうち8人が病気などで長期欠勤。10人程度の中途採用や副操縦士からの昇格も見込んでいたが、アテが外れたのだという。おまけに、5月20日には追加で56便の欠航を発表。これも訓練中だった2人の機長が急きょ退職したためと説明している。
重責を担うパイロットゆえに、「風邪薬を飲んだだけでも航空法の規定により乗務できない」(業界関係者)厳格さを求められるのは当然としても、国内・国際線の総便数の17%もの欠航を余儀なくされるほど人手が確保できない理由は何なのか。
航空経営研究所所長の赤井奉久氏は、「世界中で人材獲得合戦が起きているから」と話す。
「世界で飛んでいる航空機のほとんどがボーイングかエアバス製なので、パイロットの運航技術は世界共通です。しかも、今の飛行機はたとえ着陸前にトラブルがあっても自動制御が働くほど性能がいいし、航路もきちんと整備されているのでパイロットの養成は以前よりもしやすくなっています。
ところが、世界的な航空需要の高まりで、特に日本を含めたアジアで中・小型飛行機の数が爆発的に増えているため、パイロットの育成スピードが全然追いつかない。そこでパイロットの派遣や就職あっせん会社を通じて、世界中のパイロットの引き抜き合戦が行われているのです」(赤井氏)
確かに国際民間航空機関(ICAO)の予測では、2030年にアジア・太平洋地域で必要になるパイロット需要は約23万人で、2010年の4.5倍も増える。
航空評論家の秀島一生氏は、さらに深刻な数字を挙げる。
「現在、ボーイング社がオーダーを受けているすべての飛行機が2032年までに予定通りに納入されたとすると、アジアだけでパイロットが50万人不足すると言われています。足りないのはパイロットだけではありません。整備士も50万人、その他、空港スタッフやCAなどの人員も20万人不足すると危惧されています」
これほど売り手市場のパイロットだが、日本のエアラインの報酬はJALの経営再建やコストカットで採算を取るLCCの台頭などもあり、低めに抑えられている。大手エアラインのパイロットが年収3000万円以上を稼いでいたのは過去の話。全日空でも1900万円、LCCなら1200万円そこそこがいまの相場だ(有価証券報告書記載の額)。
「専門課程のある大学や航空会社で厳しい訓練を受けてパイロットのライセンスを取得しても、機長になるには副操縦士として7~10年のフライト実績を積まなければならない。それだけ苦労して人件費の安いLCCで乗務するくらいなら、待遇のいい海外のエアラインに転職したほうがマシと考える日本人パイロットは多い」(業界関係者)