5月29日、安倍晋三首相は北朝鮮がすべての拉致被害者に関し全面的調査を約束したことを発表した。それに先立つ今年3月末、安倍首相は政府専用機を運用する航空自衛隊に対して、「北朝鮮へのフライト準備」を指示していた。官邸が動いたのには理由があった。
「北朝鮮側は、3月末に北京で行われた日朝局長級協議で、日本人の拉致被害者や特定失踪者のうち、北朝鮮で生存していることが確認された人物のリストを出す用意があるとほのめかした。再調査するだけでは“調査したがいなかった”とごまかされたら終わりだが、北が具体的なリストを出すとなると、交渉が一気に進む可能性が出てきた」(拉致対策本部関係者)
官邸は北が“本気”と判断し、空自にスタンバイを指示したのである。そして今回ストックホルムで行なわれた2回目の局長級協議。そこでは、最初から北朝鮮は交渉に積極的な姿勢を見せた。中国や韓国の介入を避けたい北朝鮮側が、わざわざ北欧を会談場所に指定してきたのだ。
現地に着いた外務省の担当者たちをさらに驚かせたのは、北の交渉団8人の中に、外交官だけでなく、「国家安全保衛部」の幹部が含まれていたことだ。
国家安全保衛部は金正恩の直轄部隊で、外務省より大きな決裁権を持つ。小泉訪朝の際、水面下の交渉を担った田中均・元外務審議官がカウンターパートにしていた“ミスターX”も、金正日側近の国家安全保衛部副部長(当時)だったとされる。
この部署の幹部が交渉団に加わったということは、交渉内容がリアルタイムで金正恩に報告され、重要な判断もトップダウンで決せられることを意味している。現地から報告を受けた外務省首脳は、「彼ら(保衛部)が実務者協議に出てくるとはよほどのことだ」と驚きを隠さなかった。そして、実際に協議は大きく進展する。
「再調査の結果が担保されていなければ、調査開始だけで制裁の解除などできない。今回、北朝鮮サイドから“調査の落とし所として生存者リストを提出する”という確約が取れたので、制裁解除まで踏み切った」(外務省筋)
※週刊ポスト2014年6月13日号