痛みは身体が発する警告だ。痛みを感じることで、ケガや病気を知ることができる。一方で過度の痛みは生活の質を著しく落とすので、適切に制御される必要がある。ところが、痛みの感じやすさや鎮痛剤に対する感受性(効きやすさ)には個人差があり、鎮痛剤の必要量が人によっては5~10倍違うので、臨床現場では患者ごとの適量を決めるために試行錯誤している。
痛みや鎮痛剤に対する感受性の違いが発生する原因の一つに、遺伝的要因がある。そこで最新の遺伝子解析技術を使い、痛みに関わる遺伝子配列の違いを特定する研究が行なわれている。
東京都医学総合研究所の池田和隆参事研究員に聞いた。
「実験用のマウスには様々な系統があり、モルヒネの効きが悪いマウスもその一つです。それを調べたところ、遺伝子配列の一部が違うことを発見しました。人間でも同じような遺伝子の配列の違いが確認され、現在は鎮痛剤感受性と関連ある5つのSNP(一塩基多型・いちえんきたけい)を特定しました」
痛みや鎮痛剤の感受性に関わる5種のSNPの中で、日本人に多いのがミューオピオイド受容体のSNPの違いだ。欧米人はこの違いを持つ人が少ないが、日本人では半分以上で、この配列の違いを持つ。またCREB1というオピオイドのシグナルを細胞の中で伝えていく分子のSNPは、鎮痛剤感受性に一番強く関連しており、伝わりやすい人と伝わりにくい人がある。
「約350例のデータを解析して、SNPの違いによる投与量の予測式を作りました。それを用いて、下顎形成外科手術の患者に対し、予測した投与量に応じた治療をして、その有用性を検証しています」(池田参事研究員)
予測式を用いたテーラーメイド疼痛(とうつう)治療は、世界初の試みだ。希望者を対象に口粘膜からの遺伝子採取と、手指氷水浸漬法を行なう。そこで得られたデータは匿名化されて研究所に送られ、予測式を元に投与量を算定し、患者ごとに鎮痛剤の量を変えて投与される。今後は他の手術後痛や、がん性痛などに対してもテーラーメイド痛治療が行なえるように研究が進められる。
■取材・構成/岩城レイ子
※週刊ポスト2014年6月13日号