5月3日、東京都国立市での古美術商店主・田中正美さん(享年73)が、胸や腰を刃物で刺されて殺害された。容疑者はほどなく逮捕。自称陶芸家の桜井正男(66才)と妻の久美子(49才)容疑者だ。
ふたりは群馬県みなかみ町で暮らしていた。近所の人の話によると、2004年に新潟県長岡市から当地に移り住んだようだ。近所づきあいもほとんどなかったというが、その暮らしをささやかに彩っていたのが猫だった。大家が言う。
「奥さんが動物好きで、猫のほか、アヒルも飼っているという話を聞きましたよ」
実際に猫を譲り渡した近所の人もいる。
「奥さんが欲しいというから、おれが飼っているアメリカンショートヘア系の雑種をあげたことがあるよ。他にも捨て猫を拾ったり、いろんなところからもらってたみたいだね」(近所の住民)
そして、5月3日の事件発生、14日の逮捕──。その結果、容疑者と暮らしていた猫たちは家に閉じ込められたまま、帰ってくるはずのない飼い主を待ちわびる日々が続く。
「うちのスタッフがニュースで一瞬、窓から顔を覗かせる猫の姿が映っているのを見つけたんです。『助けを求めているような気がした』と。それで、なんとかできないかという話になりました」
そう話すのは、NPO法人「ねこけん」の理事長・溝上奈緒子さん。ねこけんは、2012年に活動を開始した、猫を保護し、里親を探すなどの活動をしている団体だ。現在、年間300~400匹を里親に託している。
スタッフが警視庁立川署に問い合わせると、正確な数字はわからないものの、20匹はいるという答えが得られた。しかし、すぐには救出できない。ペットの所有権は飼い主にあるからだ。そこで、容疑者に所有権を放棄してもらえるよう、警察に依頼した。そうすれば、助けに入れる。すると、すぐに放棄が伝えられた。
「容疑者は、親戚に頼るわけにも行かず、猫が殺処分されるかもしれないと心配していたようで、『いいですよ』となりました」(溝上さん)
ねこけんのメンバーが群馬県の容疑者宅にたどり着いたのは19日。逮捕から5日が経っていた。警察官と一緒に部屋に入る。猫たちを刺激しないよう、静かに、ゆっくりと近づいていく。
救出作業には3時間近くかかった。まずは水を飲ませ、キャットフードを与えて落ち着かせ、それから一匹一匹をキャリーケースに誘導する。驚かせないよう、細心の注意を払いながら。
その結果、体重わずか230gのメスを含む4匹の子猫を保護。計19匹の命を救うことができた。やせてお腹がぺったんこになった猫、脱水症状に陥った猫、病気でまぶたが開かない猫もいた。そして、2匹の救えなかった猫も。タオルケットの間に挟まっていた死んだ子猫は骨が浮き出るほどやせこけ、背中には噛まれた痕があった──。
「ご飯がないと、猫は共食いすることがあるんです。『間に合わなくてごめんなさい』と声を掛けました」(溝上さん)
助け出された猫たちはすべて東京へ搬送され、動物病院で検査。大半が点滴を受けた。現在、尿道結石ができるなど状態のよくなかった8匹が入院中だ。残りの猫たちは、6月1日に開催された、飼い主のいない猫と里親をつなぐ『里親会』に参加し、7匹に申し込みがあった。
「今回のような殺人事件の容疑者宅からの救出は稀ですが、放置されている猫はたくさんいます。これからもできる限り、そんな命を助けていきたいと思います」(溝上さん)
※女性セブン2014年6月19日号