1996年に出演した舞台で落語家役を演じたことから、俳優の風間杜夫は落語家としても活動している。落語を通じて教わったセリフに対する考え方について風間が語った言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづる「週刊ポスト」の連載シリーズ「役者は言葉でできている」から抜粋してお届けする。
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風間杜夫は舞台・映画・テレビと幅広く活躍してきた。そして近年では、春風亭小朝、立川志の輔といった本職の噺家に交じって落語の高座に上がるようになっている。彼の落語に向かう熱心な姿勢は、多くの落語通も納得させるものだという。
「落語をするキッカケは舞台で落語家の役をやったことでした。その時に噺を覚えてやってみたいという気持ちが芽生えました。それで噺家以外の人間が落語をするという関西のテレビ番組で鶴瓶師匠が声をかけてくださって、二十分ぐらいの短い噺をしたら師匠に褒められまして。
それからいろんな方に声をかけていただけるようになりました。どこにも入門していない自己流なのですが、古典に対する敬愛があるので、噺を崩さない、いじくらないということを僕なりの礼儀にしています。
小朝師匠も志の輔師匠も皆さん同じようなことをおっしゃるのですが、噺家は噺の中に出てくる人物を演じ分けない、一つの役を際立てるようなことはしない、と。あくまでもガイドといいますか、お客さんに想像してもらう世界だ、と。僕もそうなんですが、俳優が落語をやると、とかく演じすぎちゃうんです。
落語から教わったのは『セリフに表情を持たせる』ということです。演じるキャラクターなりの音をセリフの中に出す。そういうことを意識的に考えるようになりました。
地方に行くと大きな劇場があって、席によっては俳優の表情がほとんど見えません。舞台は映画やテレビと違ってアップが利きませんから、お客さんに心の動きを見せるためには、セリフにも表情がないと伝わらないんですよ」
●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP新書)ほか新刊『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(文芸春秋刊)が発売中。
※週刊ポスト2014年6月13日号