その後、平は俳優座のトップである千田是也が演出する舞台に数多く出演することになる。1964年、日生劇場での千田演出の『ハムレット』では、仲代達矢演じる主人公の親友・ホレイショー役を任された。
「墓掘りが真ん中にいて昔の人の頭蓋骨を見ながら『生と死ははかないものだ』と話をする有名なシーンがあります。そこで仲代さんと僕は考え深く話を聞きながら歩くんですが、僕には台詞がありませんでした。
それで自分なりに役を一生懸命作ろうと思いまして。時々立ち止まったり、考え込んだりとやっていたら、千田さんに『お前は犬のようにただ付いて歩きゃいいんだ』と言われまして。その時は『ああ、俺は主役じゃないから馬鹿にされている。仲代さんだけ贔屓して、俺はただ犬のように歩くのか』と思いました。ところが、この時の僕の芝居がとても評判が良かった。
後になって気づいたのは、犬が人間に忠実に後をついているように何もしないで黙々と歩いていれば、ハムレットを心配する友人の姿が出るんだということです。
自己主張なんていらないんですよ。その場面で必要なのは仲代さんが墓掘りと生と死を語ることだけであって、僕の役はハムレットにただ従って歩いていることで親友関係は表現できる。自己主張ばかりでなく、消していく。『消して、存在する』ということを、千田さんは僕に教えてくださったのだと分かりました」
●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP新書)ほか新刊『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(文芸春秋刊)が発売中。
※週刊ポスト2014年6月20日号