俳優座でデビューしてから半世紀以上の役者人生のなかで平幹二朗は長らく主役を務め続けてきた。ところが、最近では脇役を演じることが増え、そのことで初めて分かったことがあるという平が語った言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづる連載「役者は言葉でできている」から抜粋してお届けする。
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1960年代初頭から半ばにかけて、平幹二朗は数多くの東映時代劇に悪役として出演している。また、1963年にはフジテレビの五社英雄監督による大ヒット時代劇『三匹の侍』で主役の一人を演じ、知名度と人気は全国的に広がっていった。
映画やテレビドラマでは主役と脇役の双方を演じてきた平。舞台では若手時代を除くと長く主役を務め続けてきたが、近年になって脇での出演も増えてきた。舞台の場合、主役はほぼ出ずっぱりだが脇役は出入りが多いため、本番中の心持ちも変わってくるようだ。
「芝居では主役を四十年くらいやってきて、この十年くらいですかね、脇に回るようになったのは。脇役だと、主役時代のグッとくるものがないのは事実です。これは俳優には越えていかないといけない過程なのですが、僕は来るのが遅かった。芝居の主役の手応えっていうものは、体が忘れないんですよ。理性ではもう僕はそのポジションじゃないと分かっているのですが。
俳優座時代、東野英治郎さんと何かの芝居でご一緒した時のことなのですが。セリフのスピードをちょっと丁寧にということを意識して演じていたら、東野さんに『幹、君は自分の心理の流れでやっているだろう。でもこの芝居自体はもう一つ速いテンポで進んでいっている。
自分の役のテンポと芝居が進むテンポは同じではないんだよ。自分の気持ちで喋っていたら、遅すぎる時があるんだ。芝居は主役が芯をとってリードする。その流れている芝居のテンポに沿って、自分の役を作っていかなきゃいけない』と言われました。
今、自分が脇をやるようになって、東野さんのおっしゃったことがよく分かります。芯をやっている時は芯のテンポで芝居が進んでいきますけど、脇をやっている時は、そのテンポに乗って、必要なことをやっていく。遅らせてはいけないんです。全体を見て演じるということが、今頃になって分かりました」
●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP新書)、『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(文芸春秋刊)ほか。
※週刊ポスト2014年6月13日号