【書評】『夢の国から悪夢の国へ』/増田悦佐著/東洋経済新報社/2300円+税
【評者】森永卓郎(経済アナリスト)
著者がこの本を通じて伝えたかったことは、あれだけ輝いていたアメリカが、いまやとんでもなくひどい国になってしまっているという事実だという。ただし、本書を読みながら、私の頭をひとときも離れなかったことは、本書に描かれたアメリカの惨状は、実は、日本の未来予想図、それもかなり正確な予想図なのではないかという疑念だ。
石油ショックまでのアメリカは、世界の工場として君臨し、中流層が分厚く存在する豊かな夢の国だった。それが変調をきたし、今後衰退が余儀なくされる原因として、著者は(1)貧困の構造化、(2)利権の横行、(3)自由の仮想現実化、(4)持続不能となったクルマ社会の4点を挙げる。(1)と(2)は、しばしば指摘され、私も強く感じていたことだが(3)と(4)は新鮮な視点だった。
自由の仮想現実化として描かれているのは、肥満をおおらかにとらえる低所得者たちの姿だ。米国では低所得者向けにフードスタンプという制度がある。食料品にしか使えない生活保護給付のなかで、高カロリー食品の大量摂取で肥満になった低所得者は、自らの体に刺青を入れ、それをおしゃれで自由と勘違いする。よくみる風景だ。
一方、米国産業の象徴だった自動車産業も、若者と低所得者の車離れによって、とうに衰退の道を歩み始めている。デトロイトの凋落がそのことの明確な証拠だ。
本書に示された豊富なデータと事例は、いまの日本が陥っている姿とアベノミクスの政策にいちいち符合する。そして、著者の最後の予言は戦慄を覚えるものだ。量的金融緩和で、衰退するなかでも株価を上げ続けてきた米国経済は、限界を迎えつつある。そのなかで、米国の金融資本が一番望んでいるシナリオは、戦争を起こすことによる戦時インフレとその後のバブル発生だというのだ。
金融緩和で株価上昇に成功した安倍政権は、いま景気対策よりも集団的自衛権の行使に躍起になっている。まさか同じことを考えているのではないと思いたいのだが。
※週刊ポスト2014年6月27日号