地域で呼び名が変わる食品がある。その代表例が「揚げかまぼこ」だろう。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が、その名前の不思議さを紹介する。
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地方のスーパーには、他の地域にはないものがいくつか並んでいる。焼津や新潟など漁港の近い町ならば、海産物が充実しているし、北海道なら魚介に加えて豚やラムなども充実している。そしてほぼ同じ商品なのに地域ごとに呼び方の異なる品がある。
その代表例が「さつま揚げ」である。正確には「東日本でさつま揚げと呼ばれるもの」と言ったほうが正確かもしれない、九州を中心に関西では「てんぷら」と呼ばれる。不思議なことに東日本を飛び越えて最北の北海道でも、釧路など「てんぷら」と呼ぶ地域が少なくない。スーパーの店頭でも「釧路てんぷら」「小樽てんぷら」「玉ねぎ天」などの練り物――家計調査の品目で言うと「揚げかまぼこ」がずらりと並ぶ。
そしてその揚げかまぼこを圧倒的に買っている地域が「さつま揚げ」の本場、鹿児島である。最新の家計調査(2013年・総世帯)では鹿児島市の世帯あたりの年間支出は12年ぶりに7000円を突破した(全国平均は2073円)。2位の高松市(4729円)、3位の千葉市(4652円)など他の上位地域にも2000円以上の差をつけるぶっちぎりのNo.1である。
ところがこの揚げかまぼこ、本場の鹿児島でだけ呼称が異なる。「つけあげ」というのだ。およそ100年前の庶民の食生活を聞き取り調査をした『聞き書 鹿児島の食事』(農文協)にも「新しいむろあじがあると、よくつけ揚げをつくる」とある。鹿児島の中心地や漁村など広い地域で作られ、食べられていたという。現在ではアジやイワシなどの青魚のほか、エソやサバ、タラなど季節やメーカーによっても、さまざまな素材が使われている。
実はこの「つけあげ」、鹿児島の言葉ではない。もともとは沖縄の「チキアギー(チキアーギ)」と言われるグルクンなどの魚のすり身を丸めて素揚げしたものが、江戸時代に交易を通じて鹿児島に伝わったものだ。現在、つけあげを作るメーカーは鹿児島県内で数十にのぼり、大きなスーパーでは冷蔵フェースに数十種ものつけあげがずらりと並ぶ。
ちなみに鹿児島のつけあげは、おみやげ用でも他地域のさつま揚げよりも甘い。その上スーパーなどで地元の市民が買っていくつけあげは、もう一段甘い。もともと甘い味つけを好む鹿児島という土地柄に加えて、漁村ではハレのごちそうだったこともあり、なおさら甘さが求められる。
そういえば小樽や釧路の「てんぷら」も、鹿児島ほどではないが東京のさつま揚げよりも甘味が強い。「食」にまつわる情報やチェーン店の出店スピードは高速になろうとも、ゆっくりとしか交わることのない味がある。