広大な京浜工業地帯の一角、東京湾沿いの鶴見地区をのんびりと走るJR鶴見線。そのとある小さなひと駅、安善(あんぜん)駅の改札口のすぐ前にある『ほていや酒店』は、今日の仕事を終えた安堵感と、さあこれでうまい酒を飲めるぞとの期待感を身体全体にあふれさせた男たちを、今日もやさしく迎えてくれる。
常連が密かにこの店につけた愛称は、安善駅待合酒場。「午後7時を過ぎると、帰りの鶴見行きの電車は1時間に2~3本しかなくなっちゃうんでね。それを気持ちのいい待合室みたいなこの店で仲間と飲みながら待っているわけですよ。改札口まで10秒かかるかどうかの近さなんで、駅の脇にある踏み切りの警報機が鳴り始めるまで飲んでいられるのがいいよね」(40代)
「この待合酒場を知ったのは10年前かな。ここ2年位は毎日来ていて、店に貼ってある時刻表を見ながらぎりぎりまで飲んでるんです。でも、逆にこれだけ駅に近いと、なかなか決めた電車にスパッと乗れないのよ。駅にいるようなもんだから次の電車でも大丈夫だよなんて誘惑にまけたり、仲間がホームまで追っかけてきたりでまた戻ってくる。今じゃ、戻りのヒロシなんて呼ばれてますよ」(34歳)