今年4月になり、日本人間ドック学会が「健康の目安となる基準範囲」を発表。「血圧は上が147まで」とした。すると学会や新聞各紙、有識者を巻き込んだ大論争が巻き起こった。実はこの「病気の基準」の背後には様々な利害関係が存在する。
疫学調査はその方法や母集団によって結果が大きく異なる。あってはならないことだが、ある意図をもって調査を行なう者は、自分に都合の悪いデータは隠してしまうことさえある。医療経済ジャーナリスト・室井一辰氏は、基準値の変更と製薬業界の関係に注目する。
「基準値を厳しくすることが製薬会社の利益につながることを見逃してはなりません。
1987年までの旧厚生省の国民栄養調査では血圧160/95未満であれば健康という基準でした。それが年々厳しくなって高血圧と診断される“病人”が増えていった。国民健康・栄養調査と人口推計などをもとに私が試算したところ、1987年の基準を使えば高血圧と診断されるのは約1700万人でしたが、現行基準ではそれが4000万人以上に膨れあがった。
それによって高血圧治療薬の潜在的な市場規模は1兆円以上増え、7500億円程度から1兆7700億円になる計算です」
病人を「増やす」と儲かる問題はそうした性質の製薬会社と基準値を定める学会が密接な関係にあることだ。
昨年発覚した大手製薬会社ノバルティスファーマの高血圧治療薬(降圧剤)「ディオバン」の効能(脳卒中、狭心症を減らす効果)の根拠となる臨床データが捏造されていた事件で、その構図が明らかになった。問題となった臨床研究を行なった京都府立医科大学や滋賀医科大学はノバルティス社から寄付金を受けていた。この事件で大学を退職した教授は、基準値を定める「高血圧治療ガイドライン(2009年)」の作成委員会に名を連ねていた。
今年4月に改訂された同ガイドラインでは、作成に携わった委員が役員報酬、原稿料、寄付金などを受け取った企業名を公開しており、ノバルティス社を含む製薬会社の名前がずらりと並ぶ。そうした利益供与については審査の上で〈問題がないと確認した〉と一言で片付けているが、昨年の事件の後で「はい、そうですか」とは信用できない。
※SAPIO2014年7月号