企業の定期健診を受けるサラリーマンと違って、フリーターや主婦、自営業者などは健診を受ける機会が少ない。そうした人たちのために「ワンコイン健診」と呼ばれるサービスが生まれ話題となったが、それが「役所の規制」によって邪魔されているという。元キャリア官僚で規制改革担当大臣補佐官を務めた原英史氏(政策工房社長)は新刊『日本人を縛りつける役人の掟』(小学館)の中で規制のおかしさを解説している。
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1年以上健診を受けていない人は日本に3500万人いるとする推計があり、自覚症状のない糖尿病の早期発見などが難しい現状がある。そうした中で生まれたのが、1検査500円で手軽に、「血糖値」「コレステロール値」などの数値を測ってもらえる「ワンコイン健診」だった。
都心の病院で血液検査をすれば5000~6000円(保険外の場合)かかり、検査結果を知るために再度病院に行かなければならない。忙しい人や高額な検査代に二の足を踏む人は少なくない。「ワンコイン健診」では、店舗には医師を置かない。看護師だけがいる簡易な検査だが、そのかわり安くて早い。定期的に健診を受ける機会のない人にとって価値の高い新サービス……のはずだったが、そう簡単には事が進まないのが日本の規制社会だ。サービスを提供する中で、いくつかの規制の壁が現われた。
そのひとつが「採血は自分でやらないといけない」という規制だ。規制される根拠としては、いくつかの法律が挙げられるが、根っこにある規制は「医師法」17条にある〈医師でなければ、医業をなしてはならない〉という条文だ。
厚労省医政局長通知(2005年)では〈医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為〉を「医行為」とし、それを反復継続することを「医業」としている。ニセ医者が医療行為をやってはいけないという当たり前の条文に見えるが、問題は「医業」ないし「医行為」がどこまでを含むのか。手術などの本格的な医療行為はともかく、その外縁部分になってくるとだんだんおかしな問題が生じてくる。その顕著な事例が、「ワンコイン健診」をめぐる問題だった。
「採血は自分でやらないといけない」と規制される理由は、「採血」が医行為にあたるからだ。つまり、医師にしか認められないのが原則。看護師は例外的に認められる場合があるが、それは「医師の指示」のもとで行なう場合に限られる(保健師助産師看護師法37条)。ワンコイン健診の店舗には、看護師しかおらず、「医師の指示」がないので、採血はできないわけだ。
ところが、この規制にはおかしな抜け道がある。検査を受ける人が自分で採血することは違法ではない。自分でやるなら違法性が阻却されるというのが厚生労働省の説明だ。その結果、素人が自分一人で採血しても構わないが、プロである看護師は周りに医師がいない限り採血が許されないことになる。奇妙な話だが、合法的に事業をやろうとすれば、「採血は自分で」とせざるを得ないわけだ。
ワンコイン健診の店舗では、利用者が手の指先に印鑑ケースほどの使い捨て検査器具を当てる。その場にいる看護師の「ボタンを押してください」という声に従ってボタンを押すと器具から小さな針が出て指先から少量の血液が自動的に採取される。このボタンを押すのが看護師ならばアウトで利用者ならばセーフというのだから、規制の馬鹿馬鹿しさがよくわかる。