【書評】『「庭のホテル東京」の奇跡 世界が認めた二つ星のおもてなし』日経BP社/木下彩/1620円
【評者】徳江順一郎(東洋大学国際地域学部准教授)
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2020年の東京オリンピックに向けて、都心ではさまざまなホテルの開業が相次いでいる。最低でも1泊数万円、あるいは十数万円~というラグジュアリー・ホテルもあれば、気軽に泊まれる数千円のバジェット・ホテルもあり、多様な選択肢が用意されるようになってきた。
ただし、それらはいずれも、世界的な高級ホテルチェーンや、国内にくまなく出店するホテルチェーンによるものがほとんどで、いわゆる独立系と呼ばれるような、1軒だけの、あるいは小規模なチェーンのホテルはかなり少なくなってしまったのが現実である。
本書で取り上げられている「庭のホテル東京」は、数少ないこうした独立系のホテルである。必ずしもゴージャスな設備を備えているわけでもなく、かといって無駄をとことん排除したバジェット・タイプでもない。その意味では、必ずしも目立つホテルではないはずであるが、近年、特に海外からの来訪者に注目される存在となってきている。
著者は1960年生まれ。上智大学卒業後、ホテルニューオータニ勤務等を経て、2009年に「庭のホテル東京」を新築オープンした。相次ぐ肉親の不幸を乗り越え、時代に合った新しいホテルを創り上げることに成功した事例は、ホスピタリティー研究の対象としてもきわめて関心を持てるものである。
われわれ日本人は他人が(特に他国の人々が)発明・発見したものを模倣してブラッシュアップすることには長けているが、イノベーションが苦手であるとしばしば指摘される。その意味では、同ホテルはわが国のホテル業界に、静かで目立たないものではあるかもしれないが、イノベーションを起こしたことは間違いない。
ここで述べられていることがどの宿泊施設でも成り立つかというと、もちろん必ずしもそうではない。だが、いくつかの点は適用可能であるだけでなく、家庭にも応用できるような点が多々あるのが興味深い。幾多の苦労を乗り越えつつ、さらに輝きを増している小粒で光るホテルの存在はわが国の誇りであろう。その一端に本書を通じて触れてみてほしい。
※女性セブン2014年7月10日号