【書評】『死刑のための殺人土浦連続通り魔事件・死刑囚の記録』読売新聞水戸支局取材班/新潮社/1404円
【評者】福田ますみ(フリーライター)
2008年3月、茨城県土浦市で2人が死亡し、7人が負傷するという連続通り魔事件が発生した。この事件の犯人、金川真広について私は誤解をしていた。自分がうまくいかないのは社会のせいだ。社会に復讐するため、不特定の人間を無差別殺傷する。その結果、自分が死刑になっても構わない、そういう心理なのだと思っていた。
ところが金川の場合、本書を読む限り、人を殺すことは目的ではなくあくまで手段だ。 彼は高校卒業後、進学も就職もせず自宅に引きこもり、ゲーム三昧の生活を送るうち、退屈な現実世界への興味をなくしていく。死にたい。でも自殺は痛いからいやだ。それなら人を何人も殺せば、死刑という形で国家が自分を苦痛なくあの世に送ってくれる――そう考えたという。
その通りだとすれば、前代未聞の“死刑のための殺人”である。この殺害動機に戦慄した読売新聞の記者たちは、金川と面会を始める。しかし彼は、被害者への謝罪どころか、「殺人は悪ではない」「早く私を死刑にせよ」とうそぶく。どこまでが本心でどこまでが強がりなのかはわからない。だが、その身勝手で無慈悲な石のような心に人間らしい温かい気持ちを呼び戻したい。生きたい、申し訳ないことをしたと思わせたい。青臭い正義感と思いつつも、記者たちはその一念で面会を続けた。その数、実に37回。本書は、特異な殺人者と記者たちとの魂の格闘の記録である。
接触を続けるうちにわかってきたことがある。異様ともいえる家庭環境だ。外務省勤務の父とパート勤めの母。長男である彼の下に妹が2人、弟が1人。生活には余裕があり一見普通の家族だが、上の妹は母と一切口をきかず、用がある時は筆談をする。
姉妹も互いに何年も口をきいていない。上の妹と弟は中学校から不登校だ。両親は理由を一切問いただそうとしない。その結果、互いの関係は冷え切ってばらばらだ。金川の砂漠のような心は、砂漠のような家庭環境から生み出されたものといっていいだろう。
その金川も、2013年2月21日に処刑されもうこの世にいない。犯罪の抑止力になるはずの死刑制度が犯罪を生みだしてしまった衝撃。死刑を切望する人間を処刑することにはたして意味があるのかなど、本書は読者にいくつもの重い問いかけを迫る。そして、家族の絆の大切さを改めて考えさせる。
※女性セブン2014年7月17日号