【書評】『日本歓楽郷案内』酒井潔著/彩流社/本体3800円+税
【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)
本書は、昭和6年(1931年)に刊行された同名の書籍の復刻版である。著者は大正末期から昭和初期に流行したエログロナンセンス文化の牽引車として知られる編集者、著述家で、当時の風俗文化を扱った編著書の多くが刊行当初に発禁処分を受け、その後伏せ字処理を施して刊行された。本書も同様だ。
内容は、当時の東京の2大歓楽街だった銀座と浅草を中心に、新宿、大阪、横浜、神戸を加えた歓楽街の探訪記。ただし、当時は合法だった吉原などの遊郭は取り上げず、今で言う「裏風俗」を中心に訪ね歩く。
例えば、夜になると銀座にも出没して売春を行なった「ストリート・ガール」に始まり、恋人や夫人の気分で散歩に付き合う「ステッキ・ガール」、カフェーや喫茶店で話し相手になる「スピーキング・ガール」、「中流以上の夫人や、デパートの女や、れつきとした旦那を持つお妾さん」が相手をする「高級魔窟」……。
〈夜の街には戀(こい)の波が渦卷き、歡樂の焔が赭々(あかあか)と燃える。凡(あら)ゆる華洒な装餝を施したモダン東京は、今やその體内(たいない)から發散する異常な情熱で、若きプリマドンナの様に輝かしく匂ふ〉(ルビは編集部)
本書が刊行されたのは、関東大震災(大正12年=1923年)による破壊とその後の急速な復興によって東京から江戸情緒が消滅し、都市化が一気に進んだ時期。しかも、戦争が暗い影を落とすのはもう少し先のことだ。
そんな狭間の時期に、都市には快楽というあだ花が狂い咲きした。著者の洒脱な筆は、その妖しい様と人々の息吹を生々しく伝える。今とは違う風俗の中身も興味深いが、当時の独特の雰囲気を味わうだけでも愉しい。
※SAPIO2014年7月号