【書評】『評伝 吉村昭』笹沢信著/白水社/3000円+税
【評者】川本三郎(評論家)
昭和二年(一九二七)生まれの三人の作家、城山三郎、藤沢周平、そして吉村昭には共通点がある。ストイックで勤勉であること。自らを律することに厳しかった。この三人の作品が好きな読者は彼らの禁欲的な生き方にも惹かれる。
吉村昭は東京の下町・日暮里の生まれ。実家は繊維工場。両親を早く亡くした。十八歳で終戦を迎えた。若い頃に当時、死病とされた結核を患っている。著者は、苦労人として吉村昭をとらえている。身近につねに死があったことがその作品、人生を決定した。
今日、歴史小説家と知られるが出発は純文学。同人雑誌に小説を発表していった。当然、生活は苦しい。羊毛を売りに東北、北海道を歩いたこともある。生活を支えるために会社勤めを続けるか。思い切って筆一本の暮しに入るか。悩み続けた。幸い奥さんの津村節子が芥川賞を受賞し作家として立ったので自分も文筆に専念した。夫人の力は大きい。
転機となったのは戦史小説『戦艦武蔵』。それまでの純文学、私小説とは違った歴史という大きな世界を見つけ出す。「事実こそ小説」と確信する。そこから『高熱隧道』『零式戦闘機』『陸奥爆沈』『関東大震災』などの力作を次々に発表してゆく。量の多いこと、関心の領域が広いことに改めて驚かされる。高野長英を描く『長英逃亡』、脱獄囚を主人公にした『破獄』あるいは『ふぉん・しいほるとの娘』などあげていけば切りがない。
個人的に好きな作品をあげれば放浪の俳人、尾崎放哉を描く『海も暮れきる』がある。作品を書くにあたっての史料収集、取材は綿密をきわめた。現地をよく歩き関係者の話も聞いた。文体もストイック。平明端正な文章で、事実をもって語らしめるという態度を貫いた。
著者(一九四二年生まれ)は山形新聞の記者だった人。これまで井上ひさしを描く『ひさし伝』、そして『藤沢周平伝』の二冊の力作がある。丁寧な仕事に定評がある。四月に癌で死去されたという。
※週刊ポスト2014年7月18日号