日本と北朝鮮との間で拉致問題解決のための日朝協議が進んでいる。日朝協議で設置が決まった北朝鮮の特別調査委員会には、「拉致被害者」「行方不明者」「残留日本人・日本人配偶者」の3分野に加えて、一見、拉致問題とは関係ないもうひとつの分科会がつくられた。「日本人遺骨問題分科会」である。
厚生労働省社会・援護局の推計によると、北朝鮮での日本人戦没者は約3万4600人で、そのうち未帰還遺骨が約2万1600柱にのぼる。しかし国交がないことから、これまで日本政府の遺骨収集事業は実施されてこなかった。
そこで今回の日朝交渉を機に、北朝鮮側が遺骨収集をテーマに持ち出した。
いま何をおいても優先すべきは、拉致被害者や特定失踪者など北に誘拐された生存者の救出のはずだ。だが北は日朝協議で拉致被害者の調査を優先するのではなく、「全分野の調査を同時並行で進める」と説明し、奇妙なことに安倍政権はその方針を受け入れた。
北朝鮮が遺骨を前面に出してきたのには裏がある。「拉致被害者の問題を遺骨返還問題に切り替えろ」──。脱北者支援などの活動をしている李英和・関西大学経済学部教授によれば、金正日は亡くなる前、金正恩にそう遺訓を授けたという。
「北朝鮮にすれば、拉致被害者の生存と帰国問題は落としどころが難しい。“すでに死んでいる”と説明しても日本側は納得しないからです。そこで金正日は拉致問題と日本人遺骨の返還をセットで実施することを考えた。明らかに問題のすり替えですが、日朝協議はこの遺訓通りに進められています」(李教授)
北朝鮮が最初に遺骨返還を切り出したのは野田政権時代で、2012年10月には日本側に「北遺族連絡会」などが発足して民間レベルの墓参訪朝がスタート。今年6月末には日朝が拉致被害者の再調査で合意してから初めての慰霊団が訪朝した。北朝鮮は4分野の調査を同時並行で行なうどころか、「遺骨収集・返還」の準備だけを突出させている。
※週刊ポスト2014年7月25日・8月1日号