【書評】『平凡』角田光代/新潮社/1512円
【評者】金澤三惠子(ブックファースト野田アプラ店)
もし、あの時ああしていたら、私の人生はもっと違っていたのではないか──きっと誰もがそんなことを考えたことがあるのではないでしょうか。本書は、そんな人生の「もしも」をテーマにした短編集です。
結婚しているけれど別の人を好きになってしまい、その人とのもうひとつの人生に憧憬を抱く『もうひとつ』。妻に突然離婚を切り出された夫。心当たりのなかった夫は、探偵を通じて妻が不倫をしていることを知る『月が笑う』。
自分の家庭の幸せな部分だけ切り取ったブログをアップする一方、結婚する前に別れた恋人の不幸を願う気持ちが、年々強くなる主婦を描いた『こともなし』。元彼女の開いた居酒屋に訪れ、もしあの時彼女に結婚を申し出ていたらと夢想する『いつかの一歩』。
人気料理評論家の彼女と、平凡な主婦の私。もしも学生の時、同じ人を好きになっていなければ、私が先に告白していなければ、私たちは逆の人生を生きていたのだろうか、と思う『平凡』など、計6編。
不倫、結婚、離婚、失恋、小さなヘマ、よかれと思ってやってしまったミス・・・そうしたさまざまな岐路を思い返して、現実の人生と「もしも…」と空想する人生の間で揺れ動く主人公たち。周りの人とのかかわり合いを通じて、自分にある程度折り合いをつけていく様が、読んでいて心に刺さります。
特に『月が笑う』は印象に残りました。自暴自棄になり、不倫をした妻のことを許さないと思っていた主人公。けれど、過去に子供を轢いてしまったタクシー運転手の身の上話や、母親が語る父と出会った頃の話を聞くうち、自身の岐路となった情景を思い返し、最終的に妻を許そうと思うまでの心理描写が秀逸です。
〈もしかして自分も、この先何度でも、なじみのない素っ気ない部屋に座って答えるのかもしれない、許すと。そのことの意味がわかっても、そのことの耐え難さがわかっても〉という主人公の独白にはグッとくる。
きっと、人生は何度やりなおしても同じ選択をしてしまうに違いないし、良くも悪くもその選択をよりどころにして人は生きているのだろう。誰もが持っているだろう「もしも」という呪縛。それを少し解きほぐして、今ここにいる自分を肯定してくれる、そんな一冊です。
※女性セブン2014年7月31日・8月7日号