ライフ

わざわざ難しい言葉を得意げに誤用する似非インテリの日本語

 庶民や若者の言葉の乱れを嘆く知識人は多いが、そうした「インテリ」ほど、得意げに難しい言葉を誤用している。これは、カビの生えた豆腐をそうとは知らず、通人ぶって「おつな味でげすな」と得意気な男の滑稽談を描いた落語『酸豆腐』のようではないか。現在のこうした事例を、評論家の呉智英氏が解説する。

 * * *
 私が持ちネタのようにしつこく糾弾している似非インテリの誤用が「すべからく」である。漢字で書けば「須く」、意味は「(ぜひ)~せよ」である。英語に翻訳するならoughtかshouldになる。「すべからず」が「禁止」、「すべからく」が「義務」である。

 この言葉は、本来、漢文訓読の中で使われたため、いかにも教養ありげに見えるので、酸豆腐の似非インテリが得意気に誤用する。

 産経新聞の校閲部長で後に論説委員にまで出世した塩原経央という男がいる。塩原は学生時代に詩集も出していた(自費出版で)文学通で、言葉には一家言ある。文語の美しさを紙面で強調し「言葉はすべからくそういうものだ」と酸豆腐を旨そうに食って見せた。同紙在職中から、美しい日本語についての講演もしばしば行なった。何と、日本語についての著作まである。

 水村美苗の『日本語が亡びるとき』は、何かの文学賞を受賞したはずだが、イグ・ノーベル賞だったかもしれない。この本の中に、こんな一節がある。

「カンボジアのクメール・ルージュにいたっては読書人をすべからく虐殺した」

 水村美苗は、読書人虐殺を義務だと思っているらしい。確かに、ある意味では正論のような気がする。

 日本語を亡ぼすようなこの誤用には、さすがに批判者も多く、支那文学者の高島俊男、国語学者の国広哲弥も、苦言を呈している。また、東欧文学者の工藤幸雄も「すべからく」の誤用をずいぶん前から批判している。

 亜インテリの中には、言葉の誤用に正反対の反応をする人もいる。「すべからく」を「すべて」の意味に使っても通じるから、いいじゃないか、と。否、通じない。意味不明である。

 明治・大正期の文人、富岡鉄斎は、今も高く評価されている。その詩の一節に、次のようにある。

「君、志あらば、須く明朝来るべし」

 君にその気があるのなら、ぜひ明朝来てくれよ、である。「すべて明朝来てくれよ」では日本語ではない。明朝に「すべて」と「部分」の区別があるはずもない。今、日本語と言ったが、現代支那語でも同じである。「須」(シュ)は、義務・命令の意味である。

 亜インテリが庶民や若者の日本語の乱れを喋々し、似非インテリが得意気に難しい言葉を誤用する。日本語の乱れは知識人世界の乱れの象徴である。

※SAPIO2014年8月号

関連記事

トピックス

水原一平の父が大谷への本音を告白した
《独占スクープ》水原一平被告の父が告白!“大谷翔平への本音”と“息子の素顔”「1人でなんかできるわけないじゃん」
NEWSポストセブン
「オウルxyz」の元代表・牧野正幸容疑者(43)。少女に対しわいせつ行為を繰り返していたという(知人提供)
《少女へのわいせつで逮捕》トー横キッズ支援の「オウルxyz」牧野正幸容疑者(43)が見せていた“女子高生配信者推し”の素顔
NEWSポストセブン
“原宿系デコラファッション”に身を包むのは小学6年生の“いちか”さん(12)
《ド派手ファッションで小学校に通う12歳女児》メッシュにネイルとピアスでメイク2時間「先生から呼び出し」に父親が直談判した理由、『家、ついて行ってイイですか?』出演で騒然
NEWSポストセブン
田村瑠奈被告と、事件があったホテルの202号室
「ひどいな…」田村瑠奈被告と被害者男性との“初夜”後、母・浩子被告が抱いた「複雑な心中」【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン
注目を集めている日曜劇場『御上先生』(TBS系)に主演する松坂桃李
視聴率好調の『御上先生』、ロケ地は「東大合格者数全国2位」の超進学校 松坂桃李はエキストラとして参加する生徒たちに勉強法や志望校について質問、役作りの参考に
女性セブン
ミス京大グランプリを獲得した一条美輝さん(Instagramより)
《“ミス京大”初開催で騒動》「(自作自演は)絶対にありません」初代グランプリを獲得した医学部医学科1年生の一条美輝さん(19)が語る“出場経緯”と京大の「公式回答」
NEWSポストセブン
コンビニを兼ねているアメリカのガソリンスタンド(「地獄海外難民」氏のXより)
《アメリカ移住のリアル》借金450万円でも家賃28万円の家から引っ越せない“世知辛い事情”隣町は安いが「車上荒らし、ドラッグ、強盗…」危険がいっぱい
NEWSポストセブン
『裸ダンボール企画』を敢行した韓国のインフルエンサーが問題に(YouTubeより)
《過激化する性コンテンツ》道ゆく人に「触って」と…“裸ダンボール”企画で韓国美女インフルエンサーに有罪判決「表面に出ていなくても妄想を膨らませる」
NEWSポストセブン
裁判が開かれた大阪地裁(時事通信フォト)
《大阪・女児10人性的暴行》玄関から押し入り「泣いたら殺す」柳本智也被告が抱えていた「ストレスと認知の歪み」 本人は「無期懲役すら軽いと思われて当然」と懺悔
NEWSポストセブン
悠仁さまご自身は、ひとり暮らしに前向きだという。(2024年9月、東京・千代田区、JMPA)
《悠仁さま、4月から筑波大学へ進学》“毎日の車通学はさすがに無理がある”前例なき警備への負担が問題視 完成間近の新学生寮で「六畳一間の共同生活」プランが浮上
女性セブン
浩子被告の主張は
《6分52秒の戦慄動画》「摘出した眼を手のひらに乗せたり、いじったり」田村瑠奈被告がスプーンで被害者男性の眼球を…明かされた損壊の詳細【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン
ビアンカ
《カニエ・ウェスト離婚報道》グラミー賞で超過激な“透けドレス”騒動から急展開「17歳年下妻は7億円受け取りに合意」
NEWSポストセブン