【書評】『米国人一家、おいしい 東京を食べ尽くす』M.A.バートン著・関根光宏訳/エクスナレッジ/1700円+税
【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)
米国シアトルに暮らすフードライターが、妻と八歳の娘・アイリスとともに東京にやって来た。日本食を食べ尽くすために。となると、ベストセラーになり、続編も刊行された『英国人一家、日本を食べる』(亜紀書房)の二匹目のどじょうを狙った本だろう。
しかし、英国人のマイケルがパリの料理学校ル・コルドン・ブルーで修業したという華やかな(イヤミな)経歴に比べると、本書のマシューは、ぐっと庶民的な食いしん坊だ。ひと月の滞在期間、中野の商店街の一角にあるアパートに暮らし、おおむねリーズナブルな食事を楽しそうに味わっている。どじょうは口にしなかったが、うなぎは、商店街で二串買ってきてオーブントースターで温めて食べ、〈完璧な昼食〉と称賛しているから、いいヤツかもしれない。
ラーメンの感動を皮切りに、たこ焼き、豆腐、鍋物、餃子、スイーツなどを食べまくる。お好み焼きや立ち食いそばにもトライした。チェーン店へもよく出かけ、サービスの良さはアメリカの高級レストランにも匹敵すると感嘆している。なかでも「はなまるうどん」はお気に入りの店だ。そういえば、最近行った台北では「丸亀製麺」が長蛇の列だったっけ。
マシュー一家はたびたび居酒屋にも繰り出す。娘のアイリスのイチオシは、焼き鳥のぼんじりと、アナゴの骨のから揚げというシブさ! すっかり和食ツウになった彼らだが、欧米人の御多分に洩れず、ぬるぬる、ずるずるした食感の料理はNGだ。じゅん菜に敵意すら抱くとは、マシュー、まだまだ、だぜ。
一家は自炊のためにスーパーマーケットで買い物もし、生鮮食品の豊富さに驚いている。そんな彼らには家庭料理もぜひ味わってほしかった。日常の食卓に四、五品を並べ、和・洋・中・エスニック料理、お弁当まで、なんなく作ってしまう主婦の技は世界的にもハイレベルだ。妻の料理を褒めもしない日本の男たちだが、まれなる幸福者であると気づいていただきたいものである。
※週刊ポスト2014年7月25日・8月1日号