イラク情勢が急速に悪化している。6月に入って、アルカイダ系のイスラーム原理主義過激派「イラクとシリアのイスラーム国」(ISIS)が、イラクで攻勢を強めているからだ。ISISはイスラーム教スンニー派系の原理主義過激派だ。
ところで、伝統的国際法では、国家が成立するためには2つの要件が必要とされる。第1が、自国の領土を実効支配していることだ。第2は、当該国家が国際法を遵守する意思を有していることだ。シリアのアサド政権とイラクのマリキ政権は、いずれも自国の領土を実効支配できていない。
さらにアサド政権は自国民に対して毒ガスを用いた。毒ガスの使用は国際法で禁止されているので、アサド政権は、国際法を遵守する意思を有していないと国際社会から見なされている。
シリア、イラクはいずれも通常の国家としての体をなしていない「破綻国家」だ。この隙間を縫って、ISISがシリア、イラクの両国にまたがるイスラーム原理主義国家を建設しようとしている。この国家の目的は、世界にイスラーム革命を輸出して、単一のカリフ帝国を建設するための拠点とすることだ。
原理主義者にとって、アッラー(神)は、1つなので、地上の秩序も単一のイスラーム法によって統治されるカリフ帝国が1つあればよいということになる。カリフ帝国は、カリフ(皇帝)の独裁によって運営される。
このような時代錯誤の発想が、中東で再び力を得つつある。タリバーンが権力を握っていたときのアフガニスタンは、イスラーム世界革命を実現するための拠点国家だった。ここにアルカイダの指導者ウサマ・ビンラディンが潜伏し、2001年9月11日の米国同時多発テロ事件を指導した。
ISISが攻勢を強めている背景には、6月3日のシリア大統領選挙の影響がある。この選挙で、アサド大統領が当選した。国際的な民主主義基準を満たしていないこの選挙の結果を日本や欧米諸国は認めていない。
しかし、この選挙の結果、アサド政権が、首都ダマスカス周辺とアラウィー派(イスラーム教シーア派ということになっているが、実態は土着の山岳宗教)の拠点であるシリア北西部については実効支配できていることが可視化された。客観的に見て、アサド政権が近未来に崩壊することはない。
そこでISISは、シリアにおける攻勢を中断し、権力基盤が脆弱なイラクのマリキ政権を標的にした。シリアと違ってイラクには石油がある。ISISがイラクの油田を実効支配するような事態になれば、そこから得られる資金を用いてイスラーム世界革命を加速することができる。
文/佐藤優(作家・元外務省主任分析官)
※SAPIO2014年8月号