【書評】『幻の近代アイドル史 明治・大正・昭和の大衆芸能盛衰記』 笹山敬輔著/彩流社/本体1800円+税
笹山敬輔(ささやま・けいすけ):1979年富山県生まれ。筑波大学大学院博士課程人文社会科学研究科文芸・言語専攻修了。専門は日本近代演劇。著書に『演技術の日本近代』(森話社刊。2013年日本演劇学会河竹賞奨励賞受賞)。
「アイドル」という言葉が定着したのは1970年代半ばだが、その言葉を〈若い男性が熱狂し、ときに恋愛に似た感情を抱くような存在〉と定義すると、実は明治時代から「アイドル」現象や「アイドルヲタ」現象はあったという。本書はそのアイドルという概念で明治から戦前昭和までの大衆芸能史を解釈し、今のアイドル用語を使って叙述する試みだ。
具体的に取り上げるのは、明治半ばの東京に娘義太夫ブームを巻き起こした竹本綾之助、大正期に絶大な大衆人気を誇った女奇術師・松旭斎天勝、一発屋的人気を博した浅草オペラのスター・河合澄子、熱心な男性ファンが多かった初期宝塚のトップたち、ムーラン・ルージュ新宿を舞台に戦時下のアイドルとなった明日待子ら。
たとえば、まだ歌謡曲が存在しなかった明治時代、大衆が口ずさむ娘義太夫は一種の歌謡曲で、その「センター」的存在だった竹本綾之助は元祖「アイドル歌手」だった。娘義太夫には自分の「推しメン」が出演する寄席を回る追っかけ連と呼ばれる「追っかけ」が存在した。
彼らは今で言う「アイドルヲタ」のような存在で、曲のクライマックスでいっせいに「ドースル、ドースル」と、「コール」や「MIX」(掛け声のこと)に相当する掛け声を上げ、ドースル連とも呼ばれた。新聞の投書欄を舞台に、ファン同士がペンネームを使って罵り合い、個人情報を暴露することもあった。まさに「2ちゃんねる」である……。
著者の解釈と筆さばきは実に鮮やかで、つい読まされてしまう。そうか、昔の日本人もアイドルが好きだったのだと思うと、戦前までの大衆芸能史が一気に血の通った、身近なものに感じられてくる。
※SAPIO2014年8月号