腰痛の約85%は、原因が特定できない「非特異的腰痛」に分類される。何か月も痛みが続くが、痛みの原因が特定できないケースだ。その非特異的腰痛を抱える人への抗うつ薬処方が注目を集めている。
〈慢性腰痛では抗不安薬、抗うつ薬も有効な治療薬〉(2013年3月24日付、朝日新聞)
〈鎮痛薬を使い、慢性腰痛で十分な効果が得られない場合は、抗不安薬や抗うつ薬も使う〉(同1月31日付、読売新聞)
大新聞がこぞって「腰痛治療に抗うつ薬」を取り上げたのは、日本整形外科学会と日本腰痛学会が監修した『腰痛診療ガイドライン2012』で、慢性腰痛に対する第2選択薬として「抗うつ薬」が取り上げられたのがきっかけだった。
腰痛で整形外科にかかったが、レントゲンやMRI(磁気共鳴画像)などで異常が発見されず、鎮痛剤を打っても効果がない。すると精神科の受診を勧められ、腰痛が心因性であると指摘され、抗うつ薬を処方される──記事の中にはそうした治療経過を紹介するものもあった。
腰痛に「心因性」のものがある、というのが抗うつ薬処方のロジックで『週刊文春』の「腰痛治療革命」と題したレポート(2013年4月4日号)では、痛みの伝達をブロックする「内因性疼痛抑制系」について〈ストレスや不安に長く曝されると、この抑制系の働きが弱まってしまい、痛みを感じやすくなると言われている。そのため最近では、腰痛治療に抗不安薬や抗うつ薬も処方されるようになった〉と説明される。
だが、問題点を指摘する識者は少なくない。フジ虎ノ門健康増進センター長で精神科医の斉尾武郎氏はこう語る。
「たしかに人間の体調と気分には密接な関係があり、心理的なストレスが原因で腰痛を起こす人はいるし、腰痛によってうつ状態になる人もいるでしょう。しかし、そうした患者さんに抗うつ薬を処方しても、痛みの症状が改善されるというはっきりしたエビデンス(証拠)はないのです」
メディアが論拠とした『腰痛診療ガイドライン2012』の中にも、細かく見ていくと同様の記述がある。抗うつ薬について〈2008年のコクラン・レビューではエビデンスが不十分とされた〉とあるのだ。
「コクラン・レビュー」とは世界中の医学論文、臨床データを収集、分析する国際的プロジェクトによる評価のこと。数多くの研究を比較検討するため信頼性が非常に高いとされている。コクラン・レビューの作成メンバーであるNPO法人医療ビジランスセンター(薬のチェック)理事長の浜六郎氏はこう語る。
「三環系抗うつ薬は、糖尿病性の神経障害には世界的に標準治療ですが、いわゆる一般的な腰痛に対する効果があるというエビデンスはありません。近年使用が増えてきたSSRIと呼ばれる抗うつ薬ではそれがさらにはっきりしていて、むしろ口が渇く、尿が出にくくなる、用量を増やすと血圧が上がるなどの害があります」
※週刊ポスト2014年8月8日号