【書評】『松尾潔のメロウな日々 Rhythm&Business』松尾潔著/スペースシャワーネットワーク/1800円+税
【評者】坪内祐三(評論家)
松尾潔といえば平井堅やCHEMISTRYのプロデューサーとして知られ、関わった楽曲の累計セールスは三千万枚を越す、その世界の超大物だ。しかし私はこの人のことを『SPA!』に面白いコラムを書いている人物として知った。
そんな私が松尾さん(と呼ばせてもらおう)に初めて出会ったのは、もう十五年以上前だ。表参道の青山ブックセンターで私はトークショーを行なった。そのトークショーに松尾さんが足を運んでくれた。その理由が今回このエッセイ集を通読してはじめてわかった。
大学に進学して福岡から上京した松尾青年は黒人音楽のヒット・チャートが載っている洋書を求めて銀座のイエナ書店に向かった。なぜその書店のことを知っていたかといえば、「すこし前に直木賞を受賞して話題になった常盤新平の『遠いアメリカ』に登場する」からだ。「常盤さんはぼくの憧れの人だった」。
お目当てのチャートブックを手にしてレジに向かったら先客が一人。ペーパーバックを中心に大量の本を購入中だ。男性の肩越しから、どんな本か観察した。
「脳天気な文学部学生だったぼくにも、そのラインナップが相当な『洋書読み』のものだとわかる。まるで常盤新平ばりのセンスだが、まあ原書で読み漁るだけの英語力の主であるから、逆にこういう人は常盤さんの翻訳本なんて必要ないんだろう。そんなことをぼんやりと考えた」。
支払いを終えたその男性がふり向いた時、「ぼくは絶句した」。その男性が「常盤新平その人だったから」。なるほど松尾さんは(も)そういう人だったのか。
ところで、この本の一番の読ませ所は、JB(ジェイムズ・ブラウン)とQ(クインシー・ジョーンズ)へのインタビューだ。二人は対照的で、しかも世間のイメージとは逆なのが面白い。大学で何を専攻しているのか尋ねたのち、JBは、「何の勉強でもいいんですよ。大切なことは、学んだことを自分の地元に還元するということです」と答える。一方Qは……。
※週刊ポスト2014年8月15・22日号