日本の町の多くが小京都ならぬ小東京になってゆくなかで、それでも昔ながらの町の個性を残しているのは城下町だろうか。
この三月に急逝したイラストレーターの安西水丸さんは大の城好き。高校時代、剣道をしていただけに時代小説や時代劇が好きで、そこから城下町にも惹かれていったのだろう(高校時代にはボクシングもしていた)。
最後のエッセイ集となった『ちいさな城下町』は、日本各地の城下町を訪ね歩く旅行記。
有名な城は登場しない。「ぼくの城下町の好みは十万石以下あたりにある。そのくらいの城下町が、一番それらしい雰囲気を今も残している」。そう語るだけに訪ねる町は小さな町が多い。
新潟県の村上市から福島県の三春町と二本松市まで二十箇所。人口はだいたい三万人から十万人くらいだろうか。
何より驚くのは、城下町としてはあまり知られていない町が多いこと。例えば、村上市はサケの町としては知られているが城下町としてはさほど有名ではない(実際、城は残っていなくて城址があるだけ)。行田市(埼玉県)といえば足袋と古墳だし、土浦市(茨城県)といえば霞ヶ浦、岸和田(大阪府)といえばだんじり。
安西さんは、そういう忘れられた城下町を探して歩く。こんな町にもかつて城があったのかと驚かされる。地方の衰退がいわれる現代だが、かつては地方の小さな町が城と共に栄えていた。城のある時代とは、地方が元気だった時代ともいえる。
城だから当然、合戦があった。安西さんは歴史にも強く、小さな城が戦国時代には血なまぐさい合戦の場だったことも明らかにしてゆく。いわば「兵どもが夢のあと」。
だから城の近くには、城主が自害した時の血がついた畳を埋めた「畳塚」があったり、家臣たちが惨殺された城近くの寺には、血で赤く染った「赤壁」が残っていたりする。いまや文化財となっている城とはなんだったかを改めて考えさせる。他方では、村上城のようにほとんど戦争の歴史のない城があるのも面白い(有名な松江城も「戦争を知らない城」)。
鳥取市にも城がある。安西さんは好きな城には何度も足を運ぶ。豊臣秀吉に攻められ落城した鳥取城だが、その「石垣はとても美しい」という。「ぼくは来鳥する度にこの石垣に上り、しばしぼんやり過している」。
確かな城好きがいる。
文■川本三郎
※SAPIO2014年9月号