11日から開幕予定の夏の甲子園で、ひとりの人物の「動向」が高校野球ファンの間で注目を集めていた。NHKアナウンサー、小野塚康之さん(57歳)である。その良い意味でNHKらしからぬ熱い試合の実況は、ネットに「まとめサイト」が出来るなど、多くの視聴者の心をつかんでいる。昨夏は異動の関係で実況担当を外れたが、今年は復帰、さっそくネットで歓迎の声が上がった。小野塚さんに「高校野球中継の心」を聞いた。(取材・文=フリーライター・神田憲行)
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開幕前の8月6日、出場校が順番に甲子園球場で練習する「甲子園練習」の現場にさっそく小野塚さんの姿があった。記者らと同じようにグラウンドに降りて盛んにメモを取っていた。
--どうしてスタンドからでなくグラウンドに降りて見学されているんですか。
小野塚:ほら歳を取ると選手とだんだん年齢差が広がっていくでしょう。その差を少しでも縮めたい。そのために選手と少しでも近いところで見ることが必要だと考えています。
--メモを取られている内容は?
小野塚:各選手の特徴です。僕はNHKから配られる学校や選手の資料は最初は見ないんですよ。自分の目でまず確かめて、「この選手が1番打者なのかな」「背番号10だけどこの投手が実質エースだろう」とか考えるわけです。あとで資料と照らし合わせて、自分の観察力が合っているのか、ずれていたのか、まずその感覚を確かめたい。
--記者は私も含めてポロシャツなど軽装なのに、小野塚さんだけこの暑い中でジャケットでネクタイというスーツ姿でいらっしゃる。なにか意味はあるのですか。
小野塚:だって選手はユニフォームという「正装」ですから。僕も敬意を込めて、せめて彼らと同じ暑さを感じようと。高校生といえども取材相手には真摯な態度でいたい。
小野塚さんのNHKの入局は1980年。中学高校と野球部のキャプテン捕手でならし、大学を卒業するときも「野球に携われる仕事」でアナウンサーを選んだという。
小野塚:とにかく野球関係の仕事ということで、スポーツメーカーなども考えたんですが、人の勧めなどもあってNHKを受けたら受かっちゃった。普通アナウンサーは放送研究会出身などが多いのですが、僕は違います。今も自分のことをアナウンサーというより、「日本野球株式会社の広報担当者」のつもりでいます。
NHKのアナウンサーは最初は地方局に赴任する。小野塚さんの初任地は鳥取放送局。そこでさっそく、小野塚さんの高校野球伝説が始まる。
小野塚:鳥取で地方大会に参加する県下の高校を全て取材で回りました。20校ぐらいしかなかったのでできたことなんですが、田園のなかで練習している学校もあれば、山間にグラウンドがある学校もありました。僕は東京育ちなので、そういう環境の中でプレーをしている選手たちを見るのが新鮮でね。また高野連の組織についても勉強して、プレーヤーから伝える側になる意味で財産になりましたよ。
--甲子園での最初の実況担当はいつですか。
小野塚:1986年の選抜で拓殖大学紅陵対洲本です。