第21回小学館ノンフィクション大賞の選考がこの度行なわれた。優秀賞に輝いた一作が『産めない先進国──世界の不妊治療現場を行く』(宮下洋一著)である。一体どんな内容なのか。
日本では今、不妊治療をめぐる議論が喧しい。この国には不妊治療にまつわる「第三者卵子提供」「出自を知る権利」などについて明確な法律がない。そのため、子供を産みたい女性たちは「出口の見えないトンネル」を彷徨う。
スペイン在住の筆者はある日、バルセロナで『卵子提供のフリーダイヤル』という日本語ポスターを目にする。「なぜ、誰のために?」という素朴な疑問から、いつしか、世界6か国にわたる不妊治療現場の旅に出る。異なる価値観を持った各国の医師や専門家に技術や制度を教えられる一方、不妊に悩む女性たちの体験に耳を傾けた。
スペインでは、日本で許可されない「卵子提供」が行われているため、若い卵子が溢れ、それで治療を行う日本人女性が急増していた。不妊を“疾病”と見なすフランスでは、日本とは異なる保険適用により、患者の経済的負担はほとんどないが、実は大きな“落とし穴”があった。
「技術は世界最高だが、妊娠率は世界最低レベル」といわれる日本では、異なる理由で有名なクリニック数施設を取材するも、筆者の疑問は次第に膨らんでいく。
不妊治療の技術は、生殖における新たな倫理問題も生み出す。「自由な診療」で知られるアメリカでは、大金を払って子供を“デザイン”することもできる。米大手クリニックや学会元理事長らとの話から、“患者中心主義”を謳うこの国の限界を見た。
代理出産が問題となっているタイでは、格安不妊治療のほか、「男女産み分け」をも可能にする最先端技術(着床前診断)の闇に踏み込む。誰がための不妊治療か──たどり着いた疑念を解決する糸口を探るべく、スウェーデンに飛び、不妊治療の本質が何であるのかに迫った。
6組に1組が不妊に悩む「産めない先進国」日本。各国の専門医や患者の証言を経て、子を授かることの意義を探りながら、日本の不妊治療論争について多角的に論じる。
※週刊ポスト2014年9月5日号