【書評】『会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから』/大西康之著/日経BP社/1600円+税
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
かつて、松下電器が4310億円、日立製作所が、4838億円の巨額赤字を計上した年があった。この時、三洋電機は黒字決算を叩きだし、創業者の長男で、会長だった井植敏(いうえさとし)には、「『ナニワのジャック・ウェルチ』の称号が送られた」。
ところが、この決算にはカラクリがあったという。「絶対に赤字にはするな」との会長命令のもと、決算数字を「メークアップ」していたのである。井植敏の長男で、後継社長の井植敏雅も、リーダーの資質に欠ける人だった。「敏雅は口数が少なく、たまに口を開いても、その物言いはひどく抽象的だった。どう解釈していいものか、役員の間でもよくもめた」という。
組織のトップに座る社長には、メッセージ力が不可欠である。部下が進むべき方向を指し示せなければ、現場は混乱し、集中すべき仕事を見誤ることになる。ところが敏雅は、「それでいいんですよ。僕が一言いって、100人が100通りに考えてくればいいんです。その方が会社はよくなる」と語ったという。
これでは、会社が消えない方がむしろ不思議というものだろう。旧知のパナソニックの役員は、「三洋なんて、ろくでもない会社ですからね」と吐き捨てるように言ったことがある。酷い言い方だなと思っていたが、その意味が本書によってようやく理解できた。
三洋電機の多くの社員は、パナソニックに会社が買われ、完全子会社となった時、これで救われたと思ったという。しかしいま、彼らは、「会社が買われるって、こういうことなんや」という悲哀と孤独を、骨身に沁みる思いで噛みしめている。最盛期、10万人いた社員は、9000人となり、さらに「約3割減らす」計画だからだ。
これから、残りの会社人生をどう過ごすべきか。本書には、会社を飛び出し、成功した例がいくつも紹介されている。しかしリストラを断行してきた元人事部長の、「我慢して残ったほうが得な場合がほとんど」という言葉は重い。
※週刊ポスト2014年9月5日号