【書評】『なぜ、スポーツ選手は不正に手を染めるのか アスリート不正列伝』/マイク・ローボトム著 岩井木綿子訳/エクスナレッジ/本体18000円+税
Mike Rowbottom(マイク・ローボトム)/イギリスのスポーツライター。五輪取材夏季6回、冬季4回のベテラン。『タイムズ』、『ガーディアン』、『オブザーバー』、『インディペンデント』などに執筆。著書に『Usain Bolt: Fast as Lightning』など。
【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)
〈スポーツにおける不正の多くは(中略)主たる目的がこのふたつ(注・金と名誉)しかないにもかかわらず、それを叶えるための手段は、ごく些細なルール違反から本格的な犯罪に至るまで、きわめて多様だ〉
本書は過去半世紀ほどの間に世界中のスポーツで行なわれた不正を詳述した作品だ。 たとえば、1970~1980年代に米ソに次ぐスポーツ大国だった旧東ドイツは、国家的に選手にドーピングを強要していた。そのため、陸上競技のある女子選手はコーチから勧められた錠剤を飲むことを拒否すると、シュタージ(秘密警察)に連行され、尋問された。
2004年のアテネ五輪の男子ハンマー投げで当初金メダルを獲得したハンガリー人選手は、大会前後に採取された尿サンプルが別人のものと確認されて失格となったが(そのおかげで繰り上げ金メダルとなったのが室伏広治)、綺麗な尿の入った袋をつなげた“人工ペニス”を性器周りに仕込んでいたのではないかと推測された。
2009年にイングランドで行なわれたラグビーのトップリーグの試合では、選手を交代させるため、監督の指示で、選手が隠し持った血糊カプセルを噛み、出血を偽装した。まるでプロレスである。
2007年のアフリカの陸上選手権では、ジンバブエの男子選手が性別を女子だと詐称して金メダルを獲得した……。
実は不正はスポーツの起源の時代から存在した。古代オリンピックが開かれた競技場近くには不正に対する罰金を資金に建てられた何体ものゼウス像があり、そこに不正の詳細が刻まれているのだ。
不正の手口には驚き、呆れるばかりだが、勝利への欲望の強さにはむしろ感心せざるを得ない。
※SAPIO2014年9月号