『春の庭』(柴崎友香・文藝春秋・1404円)
小説『春の庭』で第151回芥川賞に決まった。出身地大阪の書店で開いたサイン会は大変な盛り上がりを見せたという。
「地元は、演歌歌手が紅白歌合戦に出場するみたいな反応で(笑い)。母校の高校に受賞の横断幕が出たらしくてびっくりしました」(柴崎さん、以下「」同)
候補になるのは4年ぶり4度目のこと。受賞の知らせを受けた3分後に友人知人から続々、メールが来た。
「母親からも電話が来ました。近所の人がニコニコ動画の生中継を見ていて教えてくれたらしいです。この4年間の情報技術の進化を実感しましたね」
デビューして15年。受賞そのものは淡々と受け止めるが、「賞をきっかけに、これまでの読者層とは違う、新しい読者にも読んでもらえるのでは」というのがいちばんうれしいことで、これからの楽しみだそう。
10年ほど前に、大阪から東京・世田谷区に引っ越した。受賞作の舞台はその世田谷の、取り壊される寸前の古いアパート。離婚してひとりで暮らす30代の太郎が、ふとしたことで年上の隣人女性と知り合い、近所の洋館への彼女の興味に巻き込まれて、小さな冒険に踏み出す。
「私自身、あまり積極的に行動するほうではなく、友達が行くと言えばついて行く。そうすると自分では思ってもみないところに行けたりするんですよね。自分一人で考えることには限りがあるけど、他人が入ることで世界が広がる、っていうのは結構あることだと思うんです」
同僚の出張土産の干物や鳩時計をあげたりもらったり。太郎と隣人との間でおずおずと差し出される品物のやりとりに気持ちがなごむ。
「寝てるだけでいいことがあるとか動物が恩返しに来るとか、そういう昔話が好きなんです(笑い)。私は小説で起きることは現実でも起きる可能性があると考えているんですね。近所づきあいって、今はあまりしないですけど、こんな緩やかな新しいつきあい方があってもいいと思って書きました」
街歩きが好き。受賞作に出てくる家や街並みも、そこで生活する人間と同じように歴史を持つ存在として書かれている。人が暮らし、空家になり、また別の家族がくる、そんな時間が本の中に広がる。
中学生の時、学校へ行くのがいやになって、一日、環状線に乗っていたことがあるそうだ。
「乗っては降り、乗っては降りしていく人たちをずっと見てたら、いろんな人がいて、自分もその一部にすぎないんやなと思って、気持ちがすっと楽になりました」
ゆっくりと流れる時間の中で人間をとらえる独自の視点は、その頃から培われてきたものなのだろう。
(取材・文/佐久間文子)
※女性セブン2014年9月18日号