韓国軍で若い兵士が部隊内イジメで死亡した事件が、3か月も経ってから明るみに出て大問題になっている。国民皆兵の徴兵制だけに、父母たちは「これでは息子を軍隊には送れない」とデモをしている。
韓国軍はベトナム戦争参戦の1960~1970年代あたりまでは旧日本軍の遺産が“悪習”として残っていたという。「気合を入れる」とか「根性を入れる」というのがそうで、内務班(兵舎)で兵士に対し先輩が加える殴打などの私的制裁があった。日本語の「コンジョ(根性)」は軍隊用語として有名だった。
それが韓国軍を強兵にした面もあるが、一方では苛酷な暴力的制裁が事故につながることがあり、とくに1990年代以降の民主化時代には人権問題として表面化することが多くなった。
今回の事件は、前線部隊の内務班で性格の弱い兵士を集団で殴る蹴るなどイジメを繰り返し死亡させたものだが、問題が指摘され軍改革が叫ばれていたにもかかわらず事件が“再発”したことに国民の衝撃は大きい。軍首脳の責任問題に発展しており、朴槿恵政権にとっては「セウォル号沈没事故」に続く“政治的悪材”になっている。
韓国軍内で事故などによる死亡者数は、過去に比べ減ってはいるが、メディアによると昨年は117人。通称「国軍60万」からすると多いのか少ないのか。ただ近年、部隊内での自殺者が増えていて、昨年は死亡者全体の7割近い79人となっている。
これも部隊内イジメと関係があるとする説があるが、一方、韓国社会そのもので近年、若者の自殺者が急増しているため、一般社会の反映とする見方もある。ある調査によると部隊内での暴力加害者には、入隊以前の学校内暴力の前歴者が多いという。
徴兵制の軍隊はその時々の世相をそのまま映し出す。部隊内イジメは学校でのイジメの延長線上にあるとする意見が多い。韓国ではイジメより「学校暴力」としてむしろ暴力性が社会問題化してきた。事件を機に「若者の暴力性」をめぐってその背景究明と対策は何かへ、波紋は広がっている。
世論の厳しい非難、批判を受けている軍当局は、イジメ事故防止のため、直ちに被害の訴えができるよう、部隊での兵士の携帯電話所持を認めることを検討中という。しかしこれでは韓国軍の弱体化はいっそう進むに違いない。徴兵制から志願制への転換論も出ている。韓国軍は一大転機を迎えている。
文■黒田勝弘
※SAPIO2014年10月号