巨人V9の黄金時代を彩った選手たちには、真偽不確かなエピソードも多い。そのうちのひとつに、試合で無安打に終わった長嶋茂雄氏が、遠征先の部屋で全裸になってバットの素振りをしていたというものがある。当時、長嶋氏と同室だったのは鉄壁の内野を築いた故土井正三氏と黒江透修(ゆきのぶ)氏だった。このフリチンスイングには、「“モノ”が太股にバチンと音を立てて当たる時が良いスイング」などの逸話が伝わる。これは本当だったのか。黒江氏に訊いた。
* * *
バチンではなくプシュッかな(笑い)。チョーさん(※長嶋茂雄)は「振り子のように太股に当てるのではなく、両太股で挟む形になって、モノからプシュッという音がする時が最高のスイングだ」と言っていました。でも、僕はその音を直接聞いたことはない。本人にはそう聞こえるんでしょうね。それが長嶋流なんですよ。
川上(哲治)さんから「お前らいい加減にしろ」といわれるか、チョーさんが納得するまで終わらない。納得したら、チョーさんがサッと風呂に入って終わりでした。「お前らも振るか」とは一度も言われませんでした。
覚えているのは次の日です。中日の先発が星野仙一で、チョーさんが大当たりした。僕と土井は打てなくて、宿に帰ってきたら、チョーさんが「一流ピッチャーはそんなに打てるもんじゃないよ。風呂に入るぞ」ですからね。
チョーさんは寝るときもバットを抱いている。夜は床の間の方からチョーさん、僕、土井の順番に並んで寝るんですが、夜中にふと気が付いて横を見ると、チョーさんが布団の中でバットを握って深呼吸している。その後おもむろにムクッと起き出すと、ボクの頭の上でブンブン素振りを始めたこともあった。怖くて寝たふりをしてましたけどね。
ON(王貞治・長嶋茂雄)がこれだけやるんだから、僕らもやらなくちゃいけないという気持ちにさせられました。ただチョーさんに困ったのは、僕らが麻雀をやっているところにバットを片手にフラフラとやってきて、後ろから覗き込んで、「何も書いてないのが3枚あるね」とか「おっ、テンパイだな」とか本当のことをいう。あれには参りましたよ。
※週刊ポスト2014年9月12日号